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三者面談?

「ここに来るのも久しぶりだわ」


 街役場の大きな建物を見上げながら、瑞希はポツリと呟いた。

 

「ミズキさんはスポーツドリンクの説明会以来なんでしたっけ? いやぁ、あの時はすごかったですよねぇ」


 懐かしむようなアレンの言葉に、本当にと瑞希も微笑んで頷いた。

 今日、瑞希はアレンに連れられて街役場へとやってきた。公認税理士との顔合わせのためだ。


「アレンさん、よかったんですか? お店、出てきてもらっちゃって」

「大丈夫ですよぉ、嫁さんもいますし。行ってきたら今晩サービスしてくれるって言うから、僕としては万々歳なんですよね」

「あはは、それなら、お言葉に甘えます」


 んふふ、とちょっと変わった笑い方をして夜に期待を馳せるアレンが本当に嬉しそうで、それならと瑞希も少し胸を撫で下ろす。

 直接の面識はないが、フェアリーファーマシーのハーブティーが大のお気に入りだというアレンの奥さんは、瑞希がアレンたちに調剤指導をして以来、いっそうフェアリーファーマシーに心を砕いてくれている。

 アレンもアレンで、奮闘する嫁さんが可愛いとことあるごとに惚気るものだから、きっと似たもの夫婦なのだろうと瑞希は思っている。


(いつも助けていただいてるし、お礼がわりにハーブティーいくつか持って帰ってもらおう)


 瑞希がそう心に留め置いているうちに、アレンが慣れた仕草で街役場の扉を開けた。

 街役場にはいくつもの窓口があり、一番出入り口に近い窓口は瑞希も世話になったことがある営業に関する窓口がある。三人ほどの短い列の横を通り過ぎた先、少し奥まったところに会計に関する窓口はあった。

 カウンター内の女性が、アレンに気がつくなり笑顔を見せる。


「あら、アレンさん。こんにちは、本日はどうなさいました?」

「こんにちは。今日は、フェアリー・ファーマシーさんの付き添いなんです。お部屋、もう準備できてます?」


 受付の女性の目が瑞希に移る。

 丁寧に会釈したミズキに、その女性は愛想のいい笑みを浮かべて立ち上がった。


「もちろんです。すぐにご案内いたしますね」


 受付の女性は一度奥に声をかけてカウンターから出てきた。彼女がそのまま案内してくれるらしい。

 そして瑞希とアレンが案内されたのは街役場の二階の会議室だった。スポーツドリンクの説明会に借りた部屋とは別の、こぢんまりとした一室。けれど調度品はこちらの方が質が良いと言うのか、量産品とは違う丁寧さを感じさせる調度品で設られていた。


「うーん、さすがというか、なんというか」


 アレンが唸る。


「どうかしましたか?」


 瑞希が不思議そうに首を傾げると、アレンは良い意味ですよと付け添えた。


「公認税理士との話し合いに個室は珍しいことではないんですけど、こんな一等室を貸し出してっていうのは聞いたことがなくって。まあ、実績も功績もあるフェアリー・ファーマシーに対して不義理なことはしないっていう証明も兼ねてるんでしょうね」


 地方貴族の来訪用の部屋ですよ、ここ。なんてアレンの言葉は聞かなかったことにする。

 瑞希の与り知らぬところで、事態は大事になってしまっているらしい。

 なんでどうしてと泣きたくなっている自分を笑顔の仮面で覆い隠して、瑞希は「そうなんですね」と素知らぬふりを貫いた。

 不意に、ドアがノックされる。瑞希が立ち上がると、穏やかそうな風貌の初老の男性が姿を表した。銀鎖の揺れる理知的な眼鏡としゃんと伸びた背筋が紳士然とした雰囲気を醸し出している。


「お待たせして申し訳ない。今回推薦を受けた、ノーマンと申します」

「フェアリー・ファーマシーの店主、瑞希と申します。よろしくお願いいたします」


 優しげな眼差しに誘われるように瑞希も目元を綻ばせる。差し出された手を握り交わすと、かさついた手が思ったよりもしっかりと握り返された。


「お噂はかねがね聞き及んでおります。お会いできて光栄です。こちらこそ、よろしくお願いします」


(お眼鏡には適ったみたい……?)


 なんとなく瑞希はそう思った。

 あながち間違いでもないのだろう。見計らったようにアレンがパチンと拍子を打つ。


「ご挨拶もすみましたし、まずは二人とも座りません? あ、僕はアレンです。フェアリー・ファーマシーさんには良くしていただいてるんですー」


 へらりと人好きのする笑みを浮かべたアレンが促す。確かにとノーマンが頷くのを見て、瑞希も静かに腰を下ろした。

 初めての顔合わせは、こうして恙無く開始された。


「それでは、さっそく本題に入りましょう。事前に伺っている内容としては、フェアリー・ファーマシーさんの帳簿をもとに、その先の書類作成や申告を代行するということですが、間違いありませんか?」

「はい、間違いありません」

「帳簿はご自身で?」

「はい」


 最初のうちは、確認ということもあってほとんどの問いかけが是非で答えられるものだった。

 瑞希が一つ答えるたびに、ノーマンの中では切り分けがされているのだろう。問いかけはすぐに是非では答えられないものに変わった。

 ぽんぽんと早い調子で遣り取りしていく二人に、付き添いとして立ち合わせていたアレンは苦笑いして頰を掻く。


「仕事できる人たちの会話って、なんでこんなに早く進むんでしょうね?」

「え? それ、アレンさんが言うんですか?」


 間をおかず返した瑞希に、ノーマンの笑い声が大きく響く。

 初めての顔合わせは、思いの外緩く、けれど円滑に進んだ。

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