ある日、国軍にて
「ディックーぅ、ディックディックーぅ」
まるで歌か何かのような節をつけて呼ばれ、ディックは目を瞬かせた。振り返ると、先輩にあたる人がにやにやとさも楽しそうに口角を上げている。
「あー……はい。お疲れ様デス」
「なんだよー、つれねぇなぁ。そんなんじゃモテねーぞー?」
「本命は故郷にいるんで間に合ってまーす」
「え? お前振られたんじゃねーの?」
「……」
ディックは無言を貫いた。この先輩は、面倒見もいいし腕もいいし愛想も良い。とにかく見習うべきところが多いのだが、いかんせん、デリカシーだけはない。言い方を変えれば裏表がないと前向きに取ることもできるが、あまりにも言葉の切れ味が鋭すぎて、そう思えることはほとんどなかった。
「先輩、そんなだからお別れビンタばっか食らうんですよ」
「あっれ、なんでバレてんの?」
今まさに左頬に赤い紅葉が張り付いているから、とはわざわざ言わない。その代わり、全力で振りかぶっただろう相手に心からの憐みと称賛を贈った。
「ま、いいや。それよりも、お前今度は何やらかしたんだ?」
「はい?」
「すっとぼけんなって。総帥閣下直々のお呼び出しだぞ? 心当たりくらいあんだろ」
「いやほんとに無いですよ!?」
ぶんぶんと首が捥げそうなほど必死に首を振るディックに、先輩は今度は憐憫の目で宗教画のように微笑んだ。
「……短い間だったが、お前といれて楽しかったぜ」
「先輩!!」
悲鳴じみたディックの声に、先輩はからからと笑った。
「ま、そういうことだから。急げよ、俺が伝言預かったの、結構前だし」
「アンタほんとふざけんなよ後で覚えてろ!!」
とうとう敬語すら取り払って、ディックが総帥の許へ全力疾走する。
「廊下は走らなーい」
「カミナリよりはマシ!」
ふざけ半分の先輩の言葉に顔も向けずに叫び返して、ディックは絶対に今日の夕飯のおかずを強奪してやると硬く心に誓った。
けれど、この後。総帥との"お話し合い"を終えた後の夕飯の席で、今度は瑞希からの手紙をひらつかされ、周囲をも巻き込んで盛大に揶揄われ、騒動に気づいた総帥によって本当にカミナリを食らう羽目になることを、この時のディックは知らなかった。




