情けは人の為ならず
ーー結果。
「アンタって子は、なんでもっと早く相談しないんだい!!」
「ひゃっ!?」
手紙を出した翌日、開店早々乗り込んできたマリッサに盛大に叱られた。
目を白黒させる瑞希に、マリッサの眦は釣り上がったまま厳しい。まったく、と腰に手を当てて憤る姿は誰が見ても鬼母さながらだった。
「まあまあ、マリッサさん。一旦落ち着いてください。ちびちゃんたちまでびっくりしてますよぉ」
ひょっこりとマリッサの影から顔を覗かせたアレンがのんびりと嗜める。マリッサは不満そうに眉間に皺を寄せたが、アレンの言う通りだと深呼吸して気持ちを落ち着かせた。
「ったく……。カイルもライラも、驚かせて悪かったね」
アンタたちには怒ってないよ、とにっこり笑顔を作るマリッサに、戸惑いを残したまま双子が頷く。なんだか、笑顔の圧が強い。逆らっちゃだめ、と理由もなく理解していた。
(いったい何をしたのよ?)
(何にもしてません! 私は無実ですっ)
ルルのじとりとした目に、瑞希は全力で首を振る。本当かしら、と言葉よりも強く語る眼差しに瑞希は声を大にして潔白を証明したくてたまらなかった。
けれど、妖精の見えないマリッサたちの前でそんなことはできるはずもないとわかっているから余計にもどかしい。
「今日のお客様はちょいと遅れる予定だから、アンタたちはあたしと一緒にお茶でもしておくれ。今日はどんなハーブティーなんだい?」
「! うん! あのね、今日はマロウブルーっていうお茶なの!」
「喉が痛い時に効くんだって。あとね、すごく綺麗なんだよ!」
マロウブルーは色が三色に変わることで有名なハーブティーだ。
見て見て! とカイルが色の変化を実演するとマリッサも素直に驚いて、続けられる双子の話に興味深そうに耳を傾ける。双子はすっかり気を良くして、時々ルルの知恵を借りながらマリッサにあれこれと嬉しそうに説明しだした。
そんな三人を肩越しに見ながら、アレンが瑞希に向き直る。ほわほわとした笑顔は困ったような色を帯びていた。
「ミズキさんってば、焦らしすぎですよぉ。もっと早く頼ってほしかったです」
のんびりと間延びした口調でも、アレンも少し怒っているらしい。柔和な顔をむっとさせて、わかりやすく唇を尖らせている。
「え、っと……?」
そんなに怒られることをした覚えのないミズキは、まだ状況が飲み込めず困惑していた。
アレンがずいっと紙を突き出す。それは、瑞希が宛てた手紙だった。
「ミズキさんが頼ってくれるの、ボクたちみーんな! まってたんですからね!」
ねっ! と同意を求めたアレンの視線の先には、マリッサという脅威で気づけなかったが懇意にしてもらっている街の薬売りたちが勢揃いの上頷いていた。
「まさか一ヶ月以上待たされるとは思っても見なかったよ。せめて男手は必要とされるだろうって待ち構えてたってのに!」
「だよなぁ。いや、嬢ちゃんが努力家ってのは知ってたけどよ、こんなに頑張られるとは思わんかったわ」
「何事もほどほどにしとかないと、バテちゃうよー?」
怒ったり呆れ半分だったりと様々だが、彼らの総評としては「待ち草臥れた」らしい。思いもよらなかった反応を受け止めきれず、瑞希はぽんやりとそれを眺めた。
「……もっと、迷惑がられると思ってました」
「え? なんで?」
きょとん、と心底不思議そうに見返されて、瑞希も困ったように眉を下げる。
「ボク達がどれだけお世話になってるか、もしかしなくても忘れてますね?」
「何かしましたっけ?」
「もーっ! これだからミズキさんは!」
「薬作りの指導に、スポーツドリンクに、お世話になりまくりですよ!!」
凄いってことをちょっとは自覚してください! と声を揃えられても、瑞希は「……はぁ」と他人事のような生返事しか出来なかった。
けれど、そんな反応も彼らには予想の範疇だったらしい。やれやれと肩を竦められはしたものの、追及されることはなかった。
「さて。時間はきっちり工面しましたからね。ちびちゃんたちはマリッサさんに任せて、ボクたちはボクたちで話し合いしましょうか」
少しでも参考になることがあればいいんですけど、と謙虚なアレンに、二度三度と瑞希が瞬く。
アレンはふふ、と軽く微笑み、口角をいっそう釣り上げた。
「待った分、みっちりと。滅多にないだろう恩返しの機会ですからね、有意義な時間にしましょう」
普段のほのほのとした微笑みとは真逆の凄みのある微笑に、瑞希に与えられた選択肢は頷くのみだった。ここで拒否すれば、間違いなく子供達の前で大目玉を食らうだろう。それはさすがに避けたい。
それを合意ととったアレンはにこりと一見無害そうな笑顔を浮かべた。
「じゃあ、立ち話もなんですし、奥にお邪魔しますね。マリッサさん、しばらくお願いします」
「あいよ、任せな」
頼もしすぎる返事を背に、ミズキはあれよあれよとアレンの言葉通り奥へ連行される。連行されるといっても決して力づくというわけではなかったのだが、逃げたい欲の強いミズキには大した違いはなかった。
どこの店舗も似たような造りなのか居住スペースまでの道のりは淀みなく、リビングに着いた時にはさしもの瑞希も観念して、長丁場になるだろうからと茶を供した。
「ハーブティーですが、よろしければ」
「わぁい、ありがとうございますー。あっ、これ新作ですか? 知らない香りですねぇ」
ぽやぽやとして見えるのに嗅ぎ分けるアレンは、たしか奥方がハーブティーを好んでくれているのだったか。常連客の誰かに違いないはずなのに、未だに誰かわからない。
どんな人なんだろうと気にしながら、瑞希は頷いて答えた。
「はい。冷え対策に有効なので、よかったら奥様用にお包みしましょうか?」
いつもお世話になってますし、と言い添えた瑞希に、アレンは柔和な顔立ちのまま少し幼なげに笑った。
「うーん、ミズキさん、十点!」
「はい?」
いきなりの点数評価に瑞希が目を瞬かせる。見ると、他の面々も苦笑いしながらアレンに同調するように頷いていた。
「ミズキさぁん、そこは『お安くしときますよ』くらいでいいんですよぉ〜」
「そうそう。なんならふっかけるくらいの度胸も……」
「いや、絶対ミズキさんには無理だろ。できたら天変地異が起こる」
さすがに酷い、と思う言い分だが、居合わせた面々が深々と頷くものだから反論しづらい。沈黙は金、と故人の教えに倣って口を閉ざし続けた瑞希にアレンが柔く目を細め、パチンと手を打った。
「まあ、そこも後で梃入れするとして。まず第一の問題を片付けましょう。僕たちにとっても、より仕事を効率化する良い機会です」
軽快だった雰囲気が引き締まる。アレンは変わらずほのほのと微笑んでいた。
若手とはいえ、組合の代表としてきたこともあるアレンはやはり一目置かれているらしい。瑞希が彼の立ち位置を再認識しているなど知るはずもなく、アレンは変わらない微笑を浮かべていた。
「じゃ、お互いのためにも、心ゆくまで話し合いましょうか」
アレンの宣言を皮切りに、今度こそ話し合いが始まった。




