ちょっと変わった毎日のこと
「やっほ〜」
「あ、ココだ。今日はアンタなのね」
店の昼休み、家に帰ると見慣れた集落の妖精がいた。相変わらず遠慮しない物言いのルルに、対するココは気にした風もなくモチの上でひらひらと手を振っている。この冬の見慣れたやり取りだ。
気の抜けるような笑い方のココが、瑞希と双子に焦点を合わせる。垂れ目がちの目尻が、いっそう柔らかく下げられた。
「しばらくぶりね、ココ。元気そうでよかったわ」
「ミズキもね〜。カイルとライラも、調子はどーお?」
「お手伝い頑張ってる!」
「今日もね、お客さんの案内したの」
「そっかそっかぁ。二人ともえらいねぇ」
にこにこ、ふわふわ。見ているだけでほっこりするような雰囲気に、まだ残っていた仕事の気配が払拭される。と、きゅるりと誰かの腹の虫が鳴いた。
「お話はご飯食べながらにしましょ。ココも食べていくでしょう?」
「いいのー?」
「もちろん。何が食べたい?」
やったぁ、とほんのり頬を染めたココが、ふくふく笑顔で双子を見遣る。
「ねぇねぇ、オススメなぁに〜?」
「んとね、ライラ、シチューが好き」
「オレはオムライス! 卵ふわふわのやつ!」
「ちなみに今日のおやつはアップルパイね」
「えー、どれも美味しそ〜」
困っちゃう、と言いながらねだるような目を向けてくるココに、瑞希はわかってますとばかりに頷いた。
「じゃあ、お昼はオムライスにして、夜はシチューね」
「やったぁっ!!」
元気いっぱいの歓声とハイタッチに、仲良しねぇ、と瑞希も笑う。
これも、この冬の見慣れた流れだった。
アーサーが家を離れたと耳にしたらしい集落の妖精たちは、入れ替わり立ち替わりでミズキたちの家を訪ねてくれるようになった。名目は様々で、遊びに来たとかお遣いが多いのだが、本質は何か困ってはいないかという確認だろう。直接言われたわけではないけれど、察するのに時間はかからなかった。
そろそろ薬問屋に発注しようと思っていた薬材を、見計らったように差し入れてもらったり。忙しさに感けて後回しにしてしまった洗い物が、いつのまにか片付けられていたり。
そんなことが何度と続けば、さすがに気付く。
けれど真っ向からお礼を言っても知らぬ存ぜぬを貫かれてしまったから、それ以降は瑞希も受け取ってもらえる範囲でのお礼を考えるようになった。
とはいえ、今の瑞希にできることは多くないから、例えば今日のように食事を振る舞ったりというような、本当にささやかな返礼ではあるけれど。
麦飯を刻んだ野菜と炒めてケチャップを加え、味見をしては調える。できたチキンライスは皿に盛り付けて、今度はボウルに卵を割り入れた。
カイルがおすすめに挙げたのは、卵ふわふわのオムライス。包む形式のオムライスよりも多く卵を使用する。必然ボウルも重くなるけれど、卵を溶き解す手は不思議と軽かった。
卵液を丁寧に濾し、フライパンにバターを入れて火にかける。バターが溶けたら卵液を入れて、ヘラで混ぜながら半熟状になるまで火が通ったら、濡れ布巾の上で成形して、また火にかけたらオムレツの完成。出来上がったオムレツが崩れないように慎重にチキンライスに乗せる。
「ルル、これ、キッチンテーブルに運んでくれる?」
「はいはーいっ」
軽やかな承諾とともに、皿がふわりと浮き上がる。以前ルルに風魔法だと聞いたことがあったが、手元の皿が浮く時、たしかにそよ風よりも弱い空気の流れを感じた。
あ、と自身の手に目を向けた時には、皿たちはテーブルの上に着地していて。
「……え、えぇっとぉ〜……なんというか……前衛的な、お料理ね?」
躊躇いの強い声音で、ココが皿を見下ろした。何と言っていいのかわからない、という心情がありありと顔に出ている。
ココの言葉にどういう意味だろうと小さく首を傾げながら、カイルは「まだだよ」と言った。
「ここからが本番なんだよ」
ね! と相槌を求めるカイルに頷き、瑞希はナイフを取り出した。
綺麗な半月型のオムレツの上を、銀色のナイフが軽やかに滑る。切り目から、とろりと溢れた半熟卵がチキンライスを覆った。
「おぉ〜……」
「すごいでしょ、ママの魔法!」
「うん、すごい。これは魔法ねぇ」
おぉ〜……、とまた声をあげるココに、何故かルルが誇らしげな顔をしながらスプーンを構える。
「さ、早く食べましょ。せっかくのご飯が冷めちゃうわ」
「ご飯の後じゃないとおやつは出さないからね」
急かすルルに追随して瑞希がピンと人差し指を立てると、双子だけでなくルルとココまで慌ててスプーンを伸ばした。
「いただきますっ‼︎」
「はい、召し上がれ。私も、いただきます」
一瞬目を誰もいない席に滑らせて、瑞希もオムライスを一口分掬った。




