アーサーとカイル2
「ねぇ、父さんって何者?」
先ほどは養母について投げかけた問いを、今度は養父に対して投げかける。
アーサーは虚を突かれた顔をして、その後困ったように苦笑した。外し終わった耳飾りをタオルに包んで淵に置き、それからカイルの頭を少し乱暴に撫でる。
「すまない。今はまだ、言えない」
カイルはどうしてと不満そうにしていたが、それ以上の追及はしなかった。しかし、やはり気に食わないとは思うようで、ざぱんと勢いよく温泉に飛び込む。水飛沫がアーサーの体を所々に濡らした。
アーサーは拗ねさせてしまったと苦笑したが、カイルを叱ることはなかった。
「カイル、先に洗ってからだ」
後でミズキたちも入るのだからと窘めれば、カイルが逆らうはずもない。素直に温泉から上がってきた。
とすっとアーサーの隣のバスチェアに腰を下ろして、何を言うでもなくアーサーを見上げる。
アーサーは仕方ないというように笑って、洗髪水を手に取った。
わしゃわしゃとカイルの髪を泡立たせる。水拭きなどはしていたが洗髪は久しぶりなのだろう、中々泡立たななかったが、何度か洗っては流してを繰り返すうちに、ようやく泡立つようになっていた。
アーサーがカイルの頭を洗っている間に、カイルはせっせと体を洗っていた。こちらも、やはり泡立ちはよくないが、水拭きの成果もあって頭よりは少ない回数で済みそうだ。
ふと、カイルが何を思ったのか、アーサーの体に手を伸ばす。いきなりのことにアーサーの手が止まった。
「どうした?」
「父さんも」
そう言ってこしこしとアーサーの脇腹だとかを泡立ったタオルで擦る小さな手に、なんとも言えない感情が芽生えた。
いつもの固い表情を崩したアーサーにカイルが気づくことはなく、せっせと手を動かしている。
アーサーも、止めていた手を再度動かした。
「上がったら…」
上がったら、五人で夕食だ。ライラがミズキの手伝いをしているはずだが、何が出てくるだろうか。
何の予備動作もなく口に出した話題に、カイルはわからないと首を傾げていた。
「カイルは何が好きだ?」
アーサーが問いかける。
甘い物か、辛い物か。
しかしその問いにさえ、カイルはわからないと首を傾げた。
「わからないけど、でも母さんの作ったものは、きっと美味しいよ」
だって、すごく優しい味がしたから。
カイルは擽ったそうに笑った。
わからないと言われて失敗したと胸を痛めたアーサーだったが、その回答にほっと目を細める。
「きっとこれから、たくさん好きなものができる」
「そう、かな?」
「ああ」
そっか、とカイルが小さく呟く。そうだといい、という願いがそれに込められている気がした。
「さあ、流すから目を瞑れ」
声をかけて、カイルが目を瞑ったことを確認して湯で泡を流して行く。ついでにと体の泡も流しきって、先に入ってこいと温泉へカイルを促した。
「……父さんは?」
「俺はまだ頭を洗っていないからな」
答えるとカイルは少し残念そうにしたが、早くね、とアーサーを急かして大人しく温泉に体を浸した。
アーサーはカイルの頭の時より些か荒く自身の頭を泡立てた。
(悪くないな……)
微かに唇が弧を描く。
早々に泡を流して、アーサーも温泉に体を浸した。




