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またいつか

 翌朝訪れた国軍の野営地は、テントや柵も片付けられてだだっ広い野原に戻っていた。

 国軍の一団は馬に荷を積んだりと、いよいよ出立間際の準備をしている。

 右に左にと指示を飛ばしていたジークハルトは、瑞希たちの来訪に気づくと一瞬目を眇めた。


「家族揃っての見送りとは、痛み入りますな」

「そう言ってくれるな。少しだけだ」


 仄かな苦笑を浮かべるアーサーに、ジークハルトの目が丸みを帯びる。

 アーサーは瑞希に目配せして、それから子供たちの背を押した。


「俺たちは少し話がある。その間に、見送りを済ませておいで」

「……すぐ来る?」

「もちろん」


 少しの不安を滲ませるライラに、アーサーは一瞬目を瞠り、けれど確かに頷いた。前髪のあたりを撫でてやると、ライラはほっとはにかむような微笑を零す。

 行っておいで、という言葉の代わりにもう一度背を押してやると、カイルと手を繋いで駆け出していった。

 二人の間にはルルがいて、二人は任せてとばかりにウインクを送られる。

 聡い子たちだ。アーサーも瑞希も、申し訳なさを抱きながらその背を見送った。


「いつも、あのように?」

「いや、今日は特別だ。……敏感な子たちだからな」


 含みを持たせた言葉に、ジークハルトは意味を捉えかねて眉間を寄せる。

 アーサーは、覚悟を決めた目でジークハルトを見た。


「行動で示せと、お前は言ったな。言うだけは容易い、と」


 確かに。ジークハルトは頷いた。もしや、という期待に胸が沸き立つ。

 瑞希はそっと目を伏せた。

 二人の脳裏には、同じ内容が思い浮かんでいる。

 その通りの言葉を、アーサーは口にした。


「戻り次第、父上に伝えよ。明後日(みょうごにち)、ここを発つ」


 芯の通った声が発した言葉に、ジークハルトは熱の込み上がる胸に手を当て、恭しく首を垂れた。

 それを見届けて、アーサーの視線が瑞希に移る。

 瑞希は穏やかな微笑で以って応えた。


 昨夜、瑞希とアーサーは話し合った。

 瑞希が聞いてしまった話はほんの一部分でしかないが、やるべきことがある、という点においては何も変わらない。

 ならば、ずるずると先延ばしにするのではなく、出立を確定してしまおう、と。

 そして明後日、《フェアリー・ファーマシー》の定休日を出立日に定めた。

 それぞれが、それぞれの準備をするために。

 子供たちには、今朝話した。

 賢く、すぎるほどに我慢強い子供たちは、何故と聞くこともなく受け入れた。行かないで、という言葉を飲み込んで。

 無理をさせている自覚はある。けれど今はそれに甘えるより他になく、残された時間のできる限りを家族で使おうと決めた。片を付けた暁には、思う存分甘やかすのだ、と。


「俺からの話はそれだけだ。お前からは、何かあるか?」

「強いて申し上げるなら、決断への感謝でしょうか」

「いらん」


 即答で一刀両断して、何もないならとアーサーは子供たちの方へ爪先を向ける。

 ジークハルトは会釈でそれを送り出し、その場に留まった瑞希に顔を向けた。その目に、今までのような警戒の色はない。ただ凪いだ目で瑞希を見ていた。


「恨み言ならいくらでも聞こう」

「言いませんよ、そんなこと」


 あっさりと言い切った瑞希に、ジークハルトが怪訝な顔をする。自分が瑞希を利用して決断させたと思っているのかもしれない。

 だとしたら、それは思い上がりだ。


「アーサーと、話し合って決めたことですから」


 貴方の思惑など関係ない。

 言外に示す瑞希の目は澄んでいて、まっすぐな光を宿していた。

 思わず、ジークハルトは息を飲んだ。

 けれど瑞希はそれに気づくことはなく、子供たちと戯れるアーサーに柔らかく目元を和ませる。


「…………そう、か」


 見誤っていた。そうジークハルトは自覚した。

 侮っていたのだ。仕事の腕や態度は一目置けても、彼の隣に立ち、支えることはできまい、と。負担にしかなるまい、と。


 だというのに、どうだ。


 凛と背を伸ばし、深い愛情を湛えた目で見守る姿は脆く繊細なものに見えるのに、弱さなど一切感じさせない。

 武器を取ることだけが強さではないと、今更ながらに思い出した。


(惜しいものだ)


 どの口がと自嘲しながら内心で独り言ちる。

 ジークハルトの脳裏を、今は亡き人の影が過った。


「貴女は……」


 問いかけて、けれど口を閉ざす。何をどう聞いていいのか分からなかった。

 不自然に途切れた言葉に、瑞希が続きを待つように見上げてくる。

 けれどこれといった言葉は見つからず、ジークハルトは苦し紛れに当たり障りのない問いを投げて難を逃れた。


「……何か、用件があるのではなかったのか」

「ああ、そうでした。昨日はできなかったから、今日こそご挨拶をと思いまして」


 短い間でしたが、お世話になりました。

 深々と下げられた頭に、ジークハルトは拍子抜けした。その反面、たった五日間の付き合いでもそれが彼女らしいと思えてしまって、絆されたように口元が緩む。


「それは、こちらが言うべき言葉だな。世話になった。薬も、スポーツドリンクも。なにより……」


 意図的に言葉を途切れさせたジークハルトが、徐に顔を動かす。視線の先にはアーサーがいた。

 瑞希は話し合いの結果だと言ったけれど、それでも伝えたいと思ったのだ。


「ありがとう」


 謝罪ではなく感謝を口にしたジークハルトに、瑞希が柔らかく微笑む。花弁がふわりと咲き綻ぶような、心惹かれる笑みだった。

 自然と下がった頭に、自覚してからジークハルトは意識して腰を折った。感謝からとる礼はこうも快いものだったかと、清々しささえ感じた。


 頭を上げ、ジークハルトは踵を返す。彼が歩きながらに号令をかけると、散在していた兵たちが即座に集合を始める。

 子供たちを引き連れたアーサーが、瑞希の許に戻ってくる。

 屈強な男たちが乱れなく整列する様は壮観の一言に尽きた。

 存在だけで威圧感を覚えるような光景の最前に立つジークハルトが声を張る。


「総員、敬礼!」


 号令直後、一団の腕が音を立ててあげられる。一糸乱れぬ行動には音が伴うのだと初めて知った。

 口を開けて放心してしまった瑞希に、ジークハルトが悪どく笑う。しかしそれも一瞬のことで、ジークハルトは馬に跨ると強い声で号令を飛ばした。


「王都へ帰還する。総員、左向け前へ進め!」


 地面を踏みしめる音がいくつも重なり、一つになる。

 足音さえ勇ましく行進していく一団を、瑞希は驚きの抜けきらないまま見送った。

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