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告げられる刻限

 シナモンバター餅を食べてから、最後の一枚の皿とともにディックの許に合流する。

 瑞希と話していた時にはトマトリゾットに揚げ物を山のように載せて食べていたディックだったが、今度はパエリアにまた揚げ物を山盛りにして食べていた。


「そんなに、食べれるの……?」

「いつかロバートみたいになりそうね……」


 自分なら完食なんて絶対無理、と思いながらも見ていた瑞希とルルだったが、ディックは五分ほどでぺろりと平らげてしまった。

 双子のディックを見る目が、まるで英雄を見るような目に変わっている。「パパもできるのかな」というライラの呟きは全力で聞かなかったことにした。瑞希の目には、娘可愛さに無理を押して挑む父の姿が浮かんでいた。


「ディック、一山食べたばかりだけど、これ、食べられそう?」


 いくら食べ盛りとはいえ山盛りを二山も食べているのだ、胃袋に隙間なんてあるのだろうか。

 控えめに差し出したシナモンバター餅の皿に、ディックは予想に反して良い反応をする。すなわち、双子にとっての良い反応を。


「余裕余裕! これなら五、六個は軽く食べられちゃうよ!」

「嘘でしょ……?」


 瑞希の目がディックの腹部にまで下がる。服で隠れているにしても平らな腹がそこにはあった。


「………………」


 無表情で己の腹を凝視する瑞希に、ディックは不思議そうにしながらも餅を咀嚼する口を止めない。

 視界の隅でルルが静かに首を振るのが、何ともいえない遣る瀬無さを抱かせた。


「それよりミズキ、総帥に会いに行くんじゃなかったの?」


「……え? あ、ああ、うん。そうだったわ」


 指摘されて本来の目的を思い出したけれど、少しでも気を抜くとまた視線が彼の腹部に降りてしまう。

 これではいけない。瑞希は自身を奮い起こして、改めて子供たちのことを頼み、その場を後にした。









 礼拝堂の扉は閉ざされていたので、ノックをしてから開けてみる。けれど二人の姿は見当たらず、人の姿すら見当たらなかった。


(中にいないなら、裏手かしら?)


 何もしなくとも目を惹く二人だから、人の溢れるところでは落ち着いて話もできないのかもしれない。

 瑞希は小さく笑いを零し、礼拝堂の裏手を目指した。


 奥行きの深い建物だから、進むにつれて人の声も遠ざかっていく。

 この先ならば気を張らず話もできるだろうと納得しながら歩みを進めていると、裏庭だろうか、小さな花壇の傍にアーサーの姿を見つけた。背を向けているからか、瑞希の接近に気づく様子はない。


「ア……」


 アーサー。

 そう呼ぶはずだった声は、完成することなく口の中に消えた。


「アーサー様」


 そう呼ぶジークハルトの声がかき消した。


「お前が言いたいことは理解している。俺とて、このままでいるつもりはない」

「言うだけなら、それほど容易いことはないでしょう。是非とも行動で示していただきたいものですな」


 どこか挑発的な言葉は、瑞希がこれまでに聞いた彼の言葉のどれよりも丁寧だった。


(だめだ……ここにいちゃいけない)


 そう直感したけれど、足が地面に縫い付けられたように動かない。視線も逸らせず、耳を塞ぐことさえできなかった。

 瑞希の存在など露知らず二人の会話は進んでいく。

 何の話をしているかまではわからない。

 けれど、瑞希が聞いていい範疇の話ではないことはわかりきっていた。

 どうしよう。焦りばかりが募っていく。二人が戻ってくるのを待てばよかったのにと後悔が押し寄せる。


 不意に、ジークハルトが瑞希を見た。


 声も出せない瑞希が息を詰める。

 ジークハルトは顔色一つ変えず、話を止めもしなかった。けれど、その声は情け容赦なく瑞希の鼓膜に突き刺さる。


「ーー王都へお戻りを。為すべきことをなさいませ」


 アーサーがいるべきは此処ではないのだと、瑞希に知らしめるために。

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