懐かしさと意外さと
米の日の料理は主菜ばかりかと思っていたが、副菜も数は少ないが用意されていた。米を伝来させたイリスティアから、料理のレシピも伝わっていたらしい。
揚げ物一つ取り上げても、小麦粉の代わりに米粉を使ったものと、米をそのまま揚げてあられにしたものをパン粉の代わりに使ったものと二種類ある。全体的な材料には大差ないのだろうが、それぞれ違う歯ごたえがして、食べていて楽しかった。
二品、三品と並んでは食べてを繰り返していくうちに、カイルとライラも料理に興味を向けて、自分から気になった料理の列に並ぶようになった。カイルの好物であるオムライスの列にも並んだことは言うまでもない。
国軍の面々がやってきたのは、瑞希たちの腹が五分目ほどまで満たされたころだった。
最終日だから念入りに訓練したのだろうか、到着時間がいつもより遅く、新兵たちも疲労が強いようだったが、たくさん動いた後ほど腹は空く。食欲をそそる匂いに辛抱ならず、目に付いた料理から並んでは瞬く間に平らげていく。
面白がった赤ら顔の何人かが率先して給仕を始めたこともあって、まるで大食い選手権でも見ているようだった。
(こういうのも、苦笑して見守っているのかしら?)
人集りの中にジークハルトの姿を探すが、見当たらない。けれどディックは見つけたので、瑞希は彼に足を向けた。
「ディック」
「ん? あ、ミズキ。どうかしたの?」
「ジークハルト様は一緒にいらした?」
「ああ、さっきアーサーとどこか行くの見かけたよ」
「ありがとう。……訓練後で申し訳ないけれど、少しの間子供たちをお願いしてもいい?」
「いいよー。アイツが嫉妬するくらいいちゃついてればいいんでしょ?」
いたずら好きの子供そのままの笑顔で言うディックに、瑞希は「ほどほどにしてあげてね」と苦笑して、一旦子供たちの元に向かう。
料理もちゃんと食べた双子は、満を持してお待ちかねのデザートの列に並んでいた。
「ルル、カイル、ライラ」
呼ぶと、三対の目が一斉に瑞希を向く。
「ミズキ、どうかしたの?」
「オレたちちゃんとご飯も食べたからねっ?」
「食べた食べた! ママも見てたでしょっ、ねっ?」
ルルを遮るように必死な様子で言い募るカイルとライラに、わかってるわよ、と瑞希はからりと笑って頷いてみせる。
双子は途端にホッとして、背伸びして列の進み具合を見た。けれど、二人の身長では見えないだろう。瑞希でも見えないのだから。
仕方ないわね。ルルが呟いて、翅を羽ばたかせて人の頭上に躍り出る。
「あと八人くらいよ」
そう言って戻ってきたルルに礼を言って、瑞希は本題を切り出した。
「少し礼拝堂の方に行ってくるから、みんなはディックと一緒にいてくれる?」
「お兄ちゃん来たの?」
どこ? どこ? と子犬のようにぐるぐる回って兄貴分の姿を探すカイルに、さっきまでいた方を教えてやる。
姿は確認できないまでも気は済んだらしく、小さな頭がこっくりと一つ頷いた。
「ママ、お兄ちゃんはご飯食べてた?」
「食べてたわよ。トマトリゾットの上に、揚げ物をてんこ盛りにしてたわ」
さすが食べ盛りよね、と笑いを滲ませて言うと、双子はさすがお兄ちゃんとばかりに目を輝かせていた。
「じゃあ、お兄ちゃんの分も持って行ってあげなくちゃ」
「だね。あ、父さんと母さんの分はどうする?」
取っておく? と尋ねられて、瑞希は少し悩むそぶりを見せてから首を横に振った。
「急ぎの用でもないから、頂いてから行くことにするわ」
「じゃあ四つ、もらってくるね」
「うん、お願いね」
そう言って列から少し離れて、並ぶ人の邪魔にならない位置まで移動する。
それから何とはなしに子供たちの並ぶ列を観察してみると、どうやら双子のお気に入りはかなりの人気を博しているらしい。老若男女問わず、食事を終えた人から次々列に並んでいた。
他にもデザートはあるはずなのだが、大半は双子と同じ列に加わっている。
やがて、宣言通りお菓子を四つ受け取った子供たちが戻ってきた。
「これ!」
突き出された小皿を受け取りながら、瑞希はゆっくりと目を瞠る。
ふわりと鼻腔を擽る、甘やかなシナモンの香り。
蕩けたバターで艶を見せるそれは温かな湯気を立ち上らせている。
「お餅……?」
「うん! ほら、冷めちゃう前に食べて食べて!」
言うが早いか、カイルが大きな口を開けてシナモンバターの餅に齧り付く。
びよんとよく伸びるそれに、瑞希もつられるようにフォークを握った。
(お餅にシナモンバター……)
トーストなら間違いなく美味しい組み合わせだが、餅にも合うのだろうか。そもそも餅を長らく食べていないので想像もできず、瑞希は恐々としながら口に入れた。
もちっとした感触と、途端に広がるシナモンの風味。ついで、包み込むようなバターのまろやかさと砂糖の甘さを感じた。そして、噛めば噛むほど餅ーー米の甘みが増してくる。
「美味しい」
驚きの抜け切らないまま呟いた瑞希に、双子が自慢げに口角を上げた。
でしょう、という言葉が聞こえる笑顔に、待っていたルルが「私も食べたぁいっ」と声を上げる。
両手に皿を持って食べられなかったライラから一枚を受け取って、片手に二枚の皿を持った。
「手が大きいと便利ねぇ」
「そんなに重いものでもないから」
ふぅん、と興味があるのかないのかよくわからない返しをしてから、いよいよルルとライラがシナモンバター餅にかぶりついた。
びよん、と大小の伸びを見せて切れた餅が、二人の口の中に収まる。
ふにゃり、同時に相好が崩れた。
「美味しい!」
重なった姉妹の声に、瑞希とカイルは同意の笑みを浮かべた。




