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パエリア

 陽も沈み、人気のなくなった《フェアリー・ファーマシー》を施錠する。この早上がりも今日で最後だと思うと、嬉しいのか名残惜しいのかよくわからなかった。

 馬車に瑞希たち以外の乗客はいない。瑞希たちを街に運ぶためだけに来てくれたようだ。

 先に馬車に乗り込んでいたカイルとライラは、いよいよお楽しみにありつけると今から笑顔を止められないでいる。上がり続ける口角に、「ご飯そっちのけにしないでね」と笑いながら今日何度目ともしれない釘を刺した。

 車輪や車体の揺れる音で声も紛れる。御者席から離れた出入り口付近に座っているから、誰の目も気にすることなく五人で話すことができた。


「ねえミズキ、お米ってどんなものなの?」

「植物としての見た目は麦に似てるかな。お酒の材料にもなるし、糠……果皮かわの部分を使ってお漬物を作ったりもするわね」

「もうっ、そうじゃなくて、どういう味か知りたいの!」


 わざと軸をずらした答えに、ルルが小さな頰を膨らませる。意地悪、と上目遣いに責められて、「ごめん」と言いながらも瑞希の表情は緩んでいた。


「でも、使い方によって味も違うから、一概には言えないわよ。実際に食べるまでのお楽しみにしたら?」


 どうせもう十分もすれば街に着く。それまでの辛抱でしょう、と諭すような口調で言うと、ルルは頰を膨らませたまま、今度は唇を尖らせた。


「だって、気になるんだもの。それに、もしできるなら家でも育てたいし」

「あ、そこも込みなのね……?」


 食べることにばかり関心を持っているのかと思っていたが、稲作も彼女の興味の範疇だったらしい。

 さすが植物生まれ、ということなのだろうか。

 瑞希にはよくわからない。アーサーや双子たちにもよくわかってはいないらしかったが、本人曰く「使い勝手がいいならストックしたいけど、手に入りにくいから自分たちで作る」ということらしい。


「ああでも、もしかしたら稲から生まれる妖精もいるのかしら」

「さあ?それも気になるわね」


 この世界の米は地球より奥が深そうだ。

 悩ましげな顔をする瑞希たちに、そろそろ到着だと声をかけようとした御者が不思議そうに見ていた。






 街に入り、馬車の音が変わる。石畳に舗装された道は馬車の進みも早いのか、肌に当たる風が少し強くなった気がした。

 鼻先を掠めていた料理の匂いが強くなり、喧騒が近づいてしばらく、馬車が停車する。

 降りた途端、お目当てめがけて端のテーブルへ走り出そうとした双子をアーサーと二人で止めて、「ご飯が先!」と少し強めに言い聞かせて料理の列に並んだ。

 ずらりと並べられた皿は五日間の中で一番数が少なかったが、懐かしい料理が多い。白い米飯は残念ながら見当たらないが、米粉を使ったのだろうパンはあった。


「ここ、何の列なの?」

「パエリアだ」


 答えたアーサーの視線の先には、炊き出し用かと思うような、子供が入れそうなくらい大きなパエリア鍋と、魚介をふんだんに使った黄色いご飯。

 言われてみれば、風に流れてくるちょっとほろ苦いような香りはサフランだろうか。

 疼く腹の虫を宥めながら順番を待ち、受け取った分をまずは一口食べてみる。と、独特な香りに負けない海鮮の風味が口いっぱいに広がった。


「んー! 美味しい! いろんな味がする!」

「日本の炊き込みご飯とは違うけど、これはこれで美味しいわね」

「タキコミゴハン? なぁにそれ、美味しいの? やっぱりお米、作っちゃう?」


 きらりと目を光らせたルルに、瑞希は思わず頷いてしまいそうになるのを何とか堪えた。

 誤魔化すように目を動かした先に、また大きなパエリア鍋が飛び込んでくる。鮮やかな黄色の米は同じだが、今食べているものとは違うパエリアだった。


「あ、あっちではリゾットがあるみたいよ。一、二、……三種類はあるわね」

「えっ、食べたい! ミズキ、制覇しましょ! 食べ比べ!」

「はいはい、わかったから」


 一瞬のうちに表情を変えたルルに軽く返す。手元に残っていた海鮮のパエリアを完食してから、リゾットの列に移動した。

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