アーサーとカイル
一方その頃、アーサーとカイルは二人温泉浴場を前にして茫然自失としていた。
広いとは聞いていた。家の大きさからみて、ある程度の推測もしていた。
しかし、これはさすがに予想外だ。
目の前に広がるこの光景。艶出し加工の施された石膏タイルと、石を組み上げて囲った浴槽ーーもとい、温泉。
どこをどこからどうみても、一般人の家の物ではない。
「…………ねぇ、母さんって何者?」
息子になったばかりの子供に尋ねられて、アーサーは答えることができなかった。
何の打ち合わせもなく、互いに互いの顔を見合わせる。それからもう一度浴場を見た。光景は、やはり変わらなかった。
「…………このままでは風邪を引く。早く入るぞ」
催促という逃げの一手。
カイルもその意図に気づいていたけれど、やがてゆるゆると首肯した。突っ込んじゃいけない。頭の中でそんな声が聞こえた気がした。
バスチェアに腰掛けて、カイルはちらりと養父を見た。
水気を帯びた髪は乾いていた時よりも長くなっている。体は意外にも筋肉質というか、引き締まっていた。鍛えているんだな、とは分かったが傷跡が一つもないのが不思議だった。
大人という物を目の当たりにしていると、ふと異質な物に目を留めた。
「ねぇ、それ。なに?」
それ、とカイルがアーサーを指差す。何のことかとアーサーはしばし心当たりを模索し、ふと気づく。
カイルが言った『それ』とは、アーサーの耳飾りだった。
「まさか温泉だとは思わなかったから外し忘れていたな……。ありがとう、カイル。よく気づいてくれた」
温泉に浸かる前に発覚してよかった。金属と硫黄は相性が悪く変色してしまう。他の物ならば特に気にしないが、この耳飾りだけは絶対にだめだ。これは特別な、大切な物なのだから。
ちゃりちゃりと細い金属の触れ合う音が浴場内に響く。
カイルはじっと凝視して、アーサーの所作を具に観察した。
カイルは知らないことが多いが、決して頭が悪いわけではない。今まで機会を与えられなかったというだけで、これから頭角を表すだろうことをアーサーは予想していた。
カイルにとって、アーサーと瑞希は『よくわからない』部類だった。
瑞希は妖精や仕事、経歴ーーというか年齢。しかし、聞けば大概のことは教えてくれる。
それに反して、アーサーは何がわからないのかもわからない。街から遠出して荒稼ぎしているらしいということは聞いた。しかし、それにしては所作が自分たちの物とは違うように感じられる。
もちろん、それは自分たちに学だとか教養だとかという物が備わっていないからなのかもしれない。その証拠というべきか、瑞希の所作もアーサーのそれに近い。けれど、何かが違うのだ。




