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内緒の一息

 短いようで長かった豊穣祭も、とうとう最終日を迎えた。国軍の訓練も今日で終わりだ。

 名残惜しむ気持ちも湧くかと思っていたのだけれど、そんな暇もなく瑞希は忙殺されていた。豊穣祭で食べ過ぎた分をどうにかしたい人々が、こぞってダイエット向けの食品を買い漁り、あるいは予約の申し込みをしていくのだ。

 誰が、何を、いくつ必要としているのか。会計作業と並行して走り書きした紙は、定期馬車の二、三便ほどで半分が文字で埋め尽くされてしまった。


(まさかイベント後に仕事が立て込むなんて……!)


 まるでテスト明けのようだと懐かしく思ってしまうのは現実逃避だろうか。

 受けた注文の全てが明日までに、ということではないのが救いのような気もするが、連日の夜更かしと筋肉痛は確定したも同然だろう。


 カウンターでの仕事が多く、瑞希がカウンターから出られない分、商品補充にアーサーが動き回っている。

 ルルもこっそりとストックの木箱を用意したり陳列棚に詰めたりとしてくれているのだが、客たちの目があるため、できることにはどうしても限界があった。

 店の出入り口の方では、一足先に来客が落ち着いたカイルとライラがハーブティーを一息に呷っている。その足元に、さっと新しいデキャンターが届けられた。


「ルル、ちょっといい?」


 声を忍ばせて天井に声をかけると、はぁい、と軽やかな返事とともにルルが翅をひらつかせて降りてくる。


「どうしたの?」

「みんな、連日の疲れが出てるみたいだから。気休めだけど、飴でもって思って」


 そう言って、瑞希がカウンターに陳列していた生姜ののど飴を一袋開封する。油紙に包まれた一粒をまずルルに、そしてアーサーと双子の分を渡すと、ルルは心得たと頷いて、それらを浮かせておはじきのように飛ばしていった。

 アーサーの抱えた木箱の中に、そしてハーブティーの一気飲みを終えた双子の手元に、小さな粒が届けられる。


「食べながら、お昼までもう一踏ん張りしましょ!」


 客たちには聞こえないルルの声が店内に響く。

 聞き取ったアーサーたちは人目につかない程度に頷いて、早速と届けられたのど飴を口に入れた。

 瑞希も口に入れて、からころと転がす。

 体温で溶けた甘さが生姜の香りとともに口の中に広がって、じんわりと体に糖分が染み渡っていく心地が気持ちよかった。


 昼休憩まであと三便。そろそろ豊穣祭に行く人が増えてくる頃だ。客の波が落ち着くのも遠くない。


 口内に飴を忍ばせながら、瑞希たちは気を引き締め直して仕事に臨んだ。

 小休憩というにも短すぎる息抜きは、時間としては五分も経っていないが、一息つけたという実感は思った以上に活力を与えてくれる。

 体も心持ち軽くなった気がした。

 糖分を補給した頭はすっきりとしていて、憂鬱だった予約の仕分けも手早く済ませることができた。


 そうしてカウンター内の仕事に一区切りがついたら、今度は手近な棚の商品補充を(こな)しつつ、頭の中では昼休憩の段取りを整え始める。

 配達にかかる時間はほとんど固定だから、考えるべきは家のこと、昼食についてだ。


(今日は米の日だから、とりあえず麦ご飯はナシね)


 しかし昨日は麦の日で、パンも(めん)類も存分に食べているからあまり気は進まない。


(いも類……ああ、ニョッキとかでいいかしら)


 記憶にある限りでは、昨日のラインナップにはなかったはずだ。

 作るにしてもあまり時間のかかるものではないので、瑞希には好都合。


 昼食決定、と一人頷きしたところで、視界の端でカウンターに向かってくる客の姿を捉える。

 手にしていた分の商品を棚に詰めて、瑞希はカウンターに戻り、やってきた客に笑顔を向けた。

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