余興
たっぷりの料理に腹も満たされた後に、国軍兵たちがやってきた。
昨日の教訓か、我慢しているとわかりやすい態度の彼らは、酔っ払いたちに勧められる酒をもどかしい顔で断っている。
その最中に何度となく伺うような目を向けられるジークハルトは、冷徹に知らぬ存ぜぬといった態度を貫き、お手本のような上品な所作で琥珀色の液体を口に含み、転がしていた。
「まるで天国と地獄ね」
呟いたルルに、言い得て妙だと瑞希も内心で同意する。
本人たちはいたって大真面目なのだろうが、ジークハルトの素知らぬ顔が堂に入りすぎていて、見ている側は笑いを堪えるのが大変なのだ。
事実、何人かは酒で赤くしていた顔を今は笑いすぎで赤くしていた。
新兵たちが哀愁を漂わせながらも料理に口をつけ出す。けれど選ぶ料理は未練を隠しきれず味の濃いものが多く、食べるたびにしょんぼりと肩を落としていく様は周囲の笑いを誘っていた。
瑞希が、腹筋に力を入れつつジークハルトに近づく。
ジークハルトは声をかけるより早く瑞希の接近を察知し、グラスを口元から下ろした。
「今日もお疲れ様です」
「そちらこそ、と返しておこうか」
尊大に聞こえそうな言い方だが、声の調子は悪くない。機嫌が良いのかと瑞希は僅かばかり目を見開いたが、すぐに違うと気がついた。
ジークハルトの顔こそ瑞希に向いているものの、視線は他に向いている。視界にはおそらく新兵が一人ならずいるのだろう。
起伏は浅いが、浮かべている表情はアーサーを揶揄っていたルルと酷似していた。
(楽しんでるのね……)
瑞希は面には出さず、遊ばれている新兵たちに同情した。それと同時に、真面目一辺倒だと思っていたジークハルトが、実はお茶目な一面も持ち合わせていたことに親しみやすさを感じた。
禁酒を言い渡された新兵たちには気の毒だが、瑞希の視界に入っている何人かは既に切り替えて美食を堪能している。
それに、彼のお遊びに付き合うのも少し楽しそうだ。
上機嫌に水を差すのも野暮というもの。まだ仕事の話は口に出さず、当たり障りのない世間話を口に乗せる。
ジークハルトは器用に片方だけ眉を上げて瑞希を見たが、意図を察せられないほど鈍い人でもない。上機嫌と周囲の雰囲気の助けもあってか、会ってからこれまでの間で一番気安く会話を楽しんだ。
そのうちにわかったことは、彼のグラスに入っている液体は酒ではないということ。グラスはウイスキーグラスだが、中身はただの紅茶らしい。
新兵たちだけに制限を課したわけではないという点には好感を覚えるが、しかし言い換えれば、彼は最初から新兵たちをからかう心算だっということ。
(意地の悪い人)
けれど、乗っかってしまった瑞希も同じ穴の貉。退くつもりもなく余談に興じ、一通りの話の種も尽きたところでようやく仕事の話を切り出した。
「そういえば明日で訓練も最終日ですけれど、道中のお薬は足りそうですか?」
「訓練は明日まででも、出立は明後日だ。物資も最低限以上あるから、問題はないだろう。どうせ行進と野営の練習しかできないからな」
それでも練習はあるのだな、と瑞希が苦笑う。
一から五まで休みなく訓練で埋まっていそうだが、そうして彼らが頑張ってくれているからこそ今のような平和を享受できているのだろう。
無理するなとも言えず、「お気をつけて」と心ばかりの言葉を口にすると、ジークハルトは意外そうに瞬きを繰り返し、擽ったそうに目を細めた。
のんべんだらりと話しているうちに、兵たちもすっかり腹を満たしたらしい。満腹と腹を撫でる彼らに、ジークハルトが慈しむように表情を崩す。
どうやら彼のお遊びも終わりのようだ。
「ーーこれに懲りたら、自重というものを忘れないことだな」
瑞希を通り越し、自身の配下に呼びかける。
何のことかと首をかしげる彼らを尻目に、ジークハルトはすぐ近くを通りかかった聖職者にグラスを返却し、「ウイスキーを」と言付ける。
「ああ、紅茶の。良かった、飲む気になったんですね。今年のウイスキーも良い出来ですから、是非お楽しみください」
慣れたように給仕する彼に「ああ」と短く返して、先ほどよりも薄い琥珀色のグラスを受け取る。
それから、悪戯に成功した子供の笑みを浮かべた。
「なんだ、飲まないのか?」
「のっ、飲みますーっ!!」
いくつもの声が重なり我先にと駆け出した背中の数々を見送って、ジークハルトがくつくつと喉奥を鳴らす。
それがふと思い立ったような顔になって、ずい、と瑞希に向けてグラスを差し出した。
反応に困った瑞希に「戯れの対価だ」とジークハルトが嘯く。
瑞希も聖職者からグラスを受け取り、彼よりやや低めにグラスを掲げた。




