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麦の日だから

 昼が近づくにつれて徐々に減ってきた客の数。店から帰る客たちのいつにも増して輝く笑顔に自然と笑みを誘われながら、定期馬車の運転手を通じて青果店に発注をかけた。

 夜にも作ろうと大目に頼んだので、昼休憩の間に届けてくれればと思っていたのだが、頼んだ果物が《フェアリー・ファーマシー》に届けられたのは午前の最終便の時だった。


「ずいぶん早いですね」


 有り難いけれど予想以上の対応の早さに、無理をさせてしまったかと心配になる。

 けれどそれも思い過ごしらしい。定期馬車に続いて荷車を引いてきた青果店の主人は気前良さそうにからからと笑った。


「みんな考えることは同じってことさね。街の薬屋たちも、揃いも揃って同じ注文をするものだから、ミズキのところも来るんじゃないかと思ってたんだよ」

「街でも、ですか?」


 思わず聞き返した瑞希に、店主はおうよと頷いた。

 なんでも、スポーツドリンクの売れ行きは街でも急上昇しているらしい。薬より売れている、と複雑そうに零されたそうだ。


「どうして急に……もしかして、街では病気が流行ってたりするんですか?」


 そうでもなければ寒いこの時期に冷たい飲み物は売れにくいだろう、と表情を曇らせた瑞希に、店主は否と闊達に笑った。


「今日が麦の日だからだよ」

「?」


 麦の日とスポーツドリンクと、いったい何の関係があるのだろう。

 店主の示した答えに、わからない、と瑞希が困った顔で首を傾げる。

 店主はそれを予想していたような含み笑いをして、口元を期待でしならせた。


「今日は酒がいつもより多く振舞われるんだよ」


 ウイスキーにビール、ジンやウォッカなどの蒸留酒も、品種に違いはあれど麦から作られる。また、それらを使って作られる果実酒も、麦の恵みとして捉えられ、今日振舞われるのだそうだ。

 あまり酒に親しんではいない瑞希は、そういうことかとようやく理解が追いついた。


「たくさん飲むつもりで、水分補給にってことですか」


 道理で二日酔いの薬もよく売れるはずだと、呆れ半分諦め半分に言葉を零すと、どうやら店主も大衆と同じ考えらしい。「そういうこと」とあっけらかんと肯定し、堪えきれない期待の笑みで口角を上げていた。

 それに窘めるような視線を向けてから、数時間前のルルの申し出を思い出す。


(子供たちがスポーツドリンク作りを請け負ってくれてよかったわ)


 二日酔いの薬は、ストックにもまだ余裕がある。豊穣祭が始まってからの売れ行きの流れと、日持ちの具合から多めに作るようにしていたからだ。

 しかし、スポーツドリンクはそうもいかない。材料の大半が果物だから、薬と比べて足が早いのだ。

 午後からは午前より客数も減るだろうが、完全にいなくなるわけではない。

 明日のことも視野に入れると、早いうちから少しでも量を確保しておきたいのが本音だった。


「おっと。つい話し込んじまったね」

「ああ、足止めしてしまってすみません」

「いやいや。そんじゃ、また何かあったらよろしく頼むよ」

「はい、ありがとうございます」


 ひらりと片手を上げて街へと馬を向かわせる店主を見送って、瑞希も足早に店に戻る。

 意識的に目を走らせると、いつもより少ない客たちの全員が最低一本はスポーツドリンクを手に取っていた。

 同じ失敗を繰り返すとは思わないが、明日も国軍への差し入れは多めに確保しておいた方が安全だろう。


(夜のスポーツドリンク作りは欠かせなさそうね)


 瑞希は苦く一笑して、カウンターへと戻っていった。

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