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孤高の人

「それで、薬はおいくつご入り用ですか?」

「十二」


 意外と多い個数に、それは彼も渋い顔をするはずだと納得した。

 瓶詰めの飲み薬を両腕に抱えてカウンターへ運び、小さな木箱に入れる。細めの瓶だからか隙間が目立ったので、緩衝材代わりに紙を詰めることにした。

 空気を含ませるように紙を丸めていく瑞希に、ジークハルトがふと声を落とす。


「……何故、彼らを(けしか)けた」

「人聞きの悪いことを仰らないでください。私はちょっと提案してみただけですよ」


 肩を竦めてみせるが、わざとらしいと視線をきつくされる。


「物は言いようだな」

「でも、事実ですから。話しかけようと行動したのは彼らの意思ですよ」


 どんな言葉を用いようとも、彼らの根底にジークハルトへの関心がなければ効果はなかったはずだ。

 平然と返す瑞希に、ジークハルトは言葉を詰まらせながら悔しそうに口許を歪めた。

 わざとらしく肩を竦めてみせると、今度は眉間に皺を寄せられる。

 あっという間に出来上がった嫌な顔は、しかし迫力に欠けていた。

 読み取りやすい感情の変化に、瑞希は苦く微笑する。けれど、悪い気はしなかった。


「遠くの人伝より、近くで直接話せる方が良いでしょう?」


 それが好意なら、なおさら。

 自分を慕ってくれる者を知りたいと思うことは、何もおかしなことではないだろう。知れば、やる気も湧いてくる。

 瑞希だって、教師をしていた頃は生徒が慕ってくれることがとにかく嬉しかった。彼らの好意に応えたくて、もっと頑張ろうと意欲も増した。

 それは職業が変わっても変わらないことだと、自信を持って言える。

 瑞希の言葉を、ジークハルトは否定しなかった。否定のしようがなかった、とも言える。


「…………それは、人と寄り添うことができる人間だから言えることだ」


 吐き出された言葉が寂しげに響く。迷子になったような声音は、自分を押さえ込んでいるようにも聞こえた。


「人に寄り添うことはお嫌いですか」

「私にも、立場がある」


 噛み締めるような、自分に強く言い聞かせるような言い方に、難儀な人だとつくづく思った。

 もっと気楽に物事を考えられたら幾分か生きやすかっただろうに。

 瑞希は人の上に立ったことがないから、彼の気持ちすべてを汲み取ることは出来ない。

 けれど、たった一人で立ち続けなければいけないということは、とても辛く苦しいことのように思えてならなかった。

 その道を進もうとするこの人は、瑞希の想像しているよりずっと強いのだろう。

 それはとても羨ましく、同じだけ寂しかった。

 視線を落とした瑞希に、喋りすぎたとジークハルトが話を打ち止める。


「…………手間を取らせた。釣りはいらん」


 代金の硬貨を押し付けて踵を返した彼に、瑞希はかける言葉を見つけられなかった。馬に跨り帰っていく後ろ姿を歯痒い思いで見送る。


「いつか、寄り添える人と出会えるといいのに……」


 ささやかな祈りは、静かな店内で溶けるように響いて消えた。

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