番外編:2015年賀正
2015年1月1日の慶祝によせて。
※本編とはあまり関係ありません。
「ねぇママ、これなぁに?」
大晦日の夜から作り込まれ、元旦にお披露目された漆塗りの重箱を前にして、瑞希以外は不思議そうにしていた。
瑞希が世界を超えてから初めて迎える年越しは、めまぐるしくもあったが充実したものでもあった。
まず、仕事納め。年末年始は休業する旨を前もって通達していたから、年末休業が迫るにつれて客入りも慌ただしくなった。あれもこれもと、備えあればの精神で買い込む人も多く、商品の減りも激しかった。
次に、大掃除。瑞希たちが暮らすこのログハウスは、店舗部分を抜きにしてもかなり広い。いくら五人で手分けするにしても、各自の部屋だけで一日を費やしてしまうとは、まさか瑞希も思いがけなかったことだ。
大人達の部屋は書物が、子供達の部屋にはぬいぐるみが多く場所をとっていたのが原因だろう。
ルルの手を借りて魔法で物を動かすにしても、あまりの多さに普段は溌剌としたルルもさすがに辟易していた。
ひとつ意外だったのは、この世界には“年越し”という概念が希薄だということだ。
地球においては、国々で差異はあれど大概はイベントとして華やかかつ賑やかに迎えている。日本なら寺などに除夜の鐘を撞きに行ったり、年越し蕎麦を食べたりもする。
しかしこの世界では、そんな通過儀礼は存在していない。どこの家庭でも通常と変わらないルーティンワークを熟している。アーサーの育った家庭もその例に漏れなかったようで、瑞希が年末休業、大掃除を提言した時には珍しくもぽかんとした顔を見せた。
そんな彼らが、これを知るはずはない。ふふ、と思わず笑いが零れ出た。
「ライラ、開けてごらん」
いいよと許しを与えれば、ライラは待ちきれないと即座に重箱の蓋を開けた。それから、重箱の中をアーサーと、ライラとカイルと、ライラの手の中にちょこんと座ったルルが、一緒になって覗き込む。
「わぁっ、ご馳走!」
感激の声を上げたのはカイルだった。
見たこともない料理が細々と重箱の中に詰められている。その中で唯一見覚えのある物といえば卵焼きだが、それも普段目にする物とは違う見た目だった。
「お節料理っていうのよ」
「おせちりょーり?」
舌足らずに言うのは、きっと耳慣れた言葉ではないからだろう。洋食がメインのこの世界では無理もないことだ。
お節料理とは、歳神を迎えて、新しい年の豊作と家族の安寧を祈るお供え物として作るものだ。そして、その供え物を分かちあうことで結びつきを深め、恩恵に与ろうとしたのが由来だと言われている。
だがそんな説明をしたところで、そもそも歳神の観念もない彼らには余計な混乱を生むだけだ。
間違った知識を与えることはは教師の禁忌のひとつ。しかし、そもそもの知識も無いのであれば、新しい意味を作り出したところで誰も咎めたりすることはあるまい。
瑞希はにっこりと笑った。
「これはね、また一年、皆で元気に過ごせる良い年になりますように、って願って食べるおまじないなの」
「へーぇ」
「ご馳走食べれて、元気にもなれるなら、年越しって良い物なんだな!」
なら早速!とお節料理にありつこうとしたカイルをアーサーが窘める。
「食べる前の約束事は何だった?」
それだけが言えば、カイルはしょぼんとして手を引いた。
それを女性陣でくすくす笑って、瑞希はテーブルに食器を並べていく。
お節料理は本来箸で食べるものなのだが、そんなものはこの家には無いし、あっても子供達の小さな手には持ちにくくて仕方が無い。ルルに至っては持つ以前の問題だ。
だから並べるのはフォークとスプーン、それからナイフ。
瑞希にとっては異様な組み合わせは、しかし本人以外にはそうでもなく、平然としている四人の様子がどうにもおかしくて仕方が無い。
「ミズキ?」
「ああ、ごめんなさい、ルル。何でもないの」
気にしないで、とヒラヒラ手を振って、そわそわとしている子供達を見る。
「ルルちゃん、お席着かなきゃダメだよ」
「そうだぞ、おぎょーぎ悪いんだ!」
早く早く、と自分達の傍に呼ぶ双子に、ルルのお姉ちゃん心が擽られないはずがない。一も二もなく飛び上がって、瞬く間に双子の間のルル用の席に着席した。
それを見届けて、ぱちんと瑞希は手を合わせる。
「明けましておめでとう。今年もよろしくお願いします!」
音頭の後、早口に「いただきます」と言えば、子供達からも「いっただっきまーすっ!」と元気のいい声が上がった。




