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少し早いお客様

 四日目の、朝のことだ。

 開店前の準備をしている最中、定期馬車もまだ来ていないのに《フェアリー・ファーマシー》の扉を開く者がいた。


「いらっしゃいま……あら?」


 瑞希が中途半端に言葉を途切れさせる。

 出入口に立っているのはジークハルトだった。

 仏頂面をしていた彼は、「お茶どーぞ」とライラに今日のサービスティーを差し出されて困惑顔をしている。

 子供がいるとは思っていなかったようだ。それに、慣れてもいないらしい。

 おそるおそるとカップを受け取る手は震えていた。


「……(かたじけ)ない」


 ぎこちなく口にされた礼の言葉に、ライラの目が瞬いた。きょとんとして片割れを見遣る幼い少女に、ジークハルトが狼狽する。


「カイル、かたづけないって、何を?」

「片付けない、じゃなくて、忝ない、だよ。昔、父さんも言ってたじゃん」

「そうだっけ?」


 覚えてない、と首を傾げたライラに、カイルはまったくと息を吐いた。

 何とも肩の力が抜ける遣り取りに、微笑ましく思ったのかジークハルトがほんの少しだけ目尻を下げる。


「ありがとう」


 改めて口にされた感謝に、ライラは花のような笑顔を咲かせた。

 話の区切りを見計らって、瑞希が挨拶がてら声をかける。


「おはようございます」

「……君か」



 顔を横向けた途端、ジークハルトは唇を固く結び、顰めっ面になった。

 角度的に双子には見えていないだろうが、一瞬の切り替えに思わず苦笑が浮かぶ。

 何か注文があるのだろう、そう思って言葉を待つと、ジークハルトは言い辛そうに視線を彷徨わせる。彼が気にしているのは双子のようだ。


「カイル、ライラ、この方は私がお相手するから、アーサーのお手伝いをしてくれる?

「はーい」


 双子はすんなりと頷いて、とたとたと小走りで店の奥に消える。

 ほ、とジークハルトの肩の力が抜けた。


「それで、何かご入り用の物が?」

「…………」

「あ、あの……?」


 双子との遣り取りから火急の用ではないらしいとは察していたが、まさか恨みがましい目を向けられるとは思ってもおらず困惑する。

 黙り込んだジークハルトは、なにやら葛藤しているらしかった。

 それに区切りがついたのか、固く閉ざされていた口が徐に開かれる。


「……二日酔いの薬を貰いたい」

「二日酔い、ですか?」


 予想外の注文に、瑞希は思わず鸚鵡返しした。

 途端、ジークハルトの顔に苦渋の色が滲む。

 眦を険しくさせて眼光を鋭くさせる様は、けれど苛立っているというよりも不貞腐れているというような印象を受けた。


「昨夜、何処の誰に唆されたのか、私の許にやってきた者たちがいてな」


 瑞希の脳裏に昨夜の一幕が過る。

 流れから察するに、件のやってきた者たちが羽目を外して二日酔いになってしまったということだろう。

 無礼講と言ったのは瑞希だが、まさか翌日に響かせるとは予想していなかったので申し訳ない気持ちになった。

 彼らを煽った人物について、ジークハルトも察しがついているらしい。

 ふん、とジークハルトが鼻を鳴らす。

 雄弁に語る眼差しに、瑞希は空笑いして頰を掻いた。


(あ、でも。飲み過ぎることができた、ってことは、少しは近づけたってことよね……)


 そうでもなければ、わざわざ彼自ら《フェアリー・ファーマシー》に来たりはしないだろう。

 思わず見上げると、ジークハルトは気まずそうに目を逸らした。予想は的中したようだ。


「楽しまれたようでなによりです」

「……随分といい性格をしているな」

「お褒めに与り光栄です」


 笑みを深めた瑞希に、ジークハルトは口をもごつかせたが、言葉が浮かばなかったようだ。代わりに一つ溜息を吐かれる。

 少しだけ、瑞希は胸がすく思いがした。

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