去り際
瑞希の話は、本人もそう言った通り仕事の話に徹していた。
薬の減り具合から始まり、それに伴う包帯やガーゼなどの備品についてを確認されて、矜持から困惑を表に出すことはしなかったものの、ジークハルトは戸惑ってしまう。
瑞希に動揺や緊張が見られないからこそ余計に、浮き彫りにされた気分だった。
「スポーツドリンクの量は足りましたか?」
「問題ない。また気温が上がれば分からないが……」
「もし足りない場合はご連絡ください。ご用意しますから」
あまりに徹底された仕事ぶりに、ジークハルトは有難く思う反面、心中は複雑だった。
どこかで私事を挟まれたなら、途中であろうと切って捨てることも出来ただろう。
けれど、その片鱗さえ瑞希が見せることはない。
そうなると、ジークハルトが強気に出ることは出来なかった。
国からの用命とはいえ、あくまでも国軍は物資支援を受けている身。
そもそも立場を振りかざして悪し様に扱うことは、道理に悖ると理解しているし、己の主義にも反することだ。
だからこそ余計に、ジークハルトは己の調子が乱されていくのを感じていた。
「他に、何かご用意するものはありますか?」
「いや……十分すぎる程だ」
なんとか絞り出した言葉は、それでも本心には違いなかった。
ここ数年の間でもとりわけ訓練に専念しやすい環境だと零されて、瑞希は満足そうに顔を綻ばせる。
「それならよかったです。もし何かご入用なら、お気軽にお申し付けくださいね」
そうして話を終わらせた瑞希は、律儀にも頭を下げてあっさりとジークハルトに背を向けた。
その足取りに迷いはなく、まっすぐ人の賑わいに向かっている。
その途中で、アーサーが瑞希の方へ歩み寄った。
「もういいのか?」
「ええ。あんまり長くお話ししてもご迷惑でしょう?」
彼だって空腹のはずだ、と言われて、否定はしないけれど腑には落ちない。
話の内容までは聞いていないけれど、あの短時間ではジークハルトを陥落させるには足りないはずだ。
何か狙いがあるのだろうかと探るような視線に、瑞希が困ったように苦笑した。
聞く気はない、とアーサーが両手を挙げると、困り顔に明るさが戻る。
と、その視線がアーサーの奥に向けられる。
「ん、あら? ロバートも来たのね」
「……よく出て来れたな」
秋口のロバートの様子を知っているアーサーは、呆れとも感心ともつかない声で言う。
彼はまだ瑞希たちに気づいていないようだが、店に乗り込んできた時よりも余程過ごしやすそうにしていた。
「こんばんは、ロバート」
「おお、ミズキにアーサーも来てたのか」
「……随分と機嫌がいいな」
「そりゃあ、おかげさまで過ごしやすいからな。機嫌も良くなるさ」
くい、とロバートがガーゼマスクを摘まむ。みんなでせっせと縫ったそれは、無事役目を果たしてくれているらしい。
息が楽だと相好を崩す彼に、それは良かったと瑞希も嬉しくなった。
「また何かあった時には頼むよ」
「こちらこそ」
にこりと笑うと、ロバートも目を弓なりにしならせた。マスクの下では、きっとにかりと笑っているのだろう。
また、とその場で別れて、瑞希とアーサーは子供たちの姿を探した。




