待ち人来たる
男たちは専ら供される酒に機嫌を良くしていたが、それ以外にも供される飲み物は少なくない。そのうちの一つ、豆茶を受け取って、瑞希は周囲の観察に徹していた。
煎った豆から抽出しているというこのお茶は香ばしい風味がする。日本でも馴染みの深い味わいに、瑞希の緊張は自然と解れていった。
覚悟を決めたとはいっても、緊張しないでいられるというわけではないのだ。
豆の日の料理は、やはりそこかしこに豆が使われている。そのうちの一つ、豆のサラダをスプーンで掬い、一粒一粒で違う食感を楽しんだ。
(このサラダ、家でも作れそう……クリーミーなドレッシングでも美味しいけど、ごま油とかで中華風にしても美味しそうかも)
米酒があればその方が肴として合うだろうけれど、こちらの主流は洋酒だから、合うかは確認してみたいところだ。
もくもくと口を動かしている視線の先には、豆パンを分け合って食べている双子とルルの姿。モチも興味を示しているようだが、どちらかというと付け合わせのレタスなどへの関心の方が強いようだった。
もふもふと身を乗り出そうとしてはきゃらきゃらと無邪気に笑い合ってそれを止める姿は、見る者をほっこりと温かい気持ちにさせる。
あれはどうだ、これはどうだと周囲の大人たちに構われて、子供たちはわたわたと頰を紅潮させながらも素直にお礼を言っていた。
と、その時だ。人垣の向こう側から囃し立てるようなどよめきが生まれる。
(ーー来た……!)
瑞希はぴんと背筋を伸ばした。大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。繰り返すたび、心なしか肩の力が抜けていく気がした。
先客が自然と道を譲り、割れ目を進む一団の先頭はジークハルトだ。その後ろに続いているのが今年の新兵なのだろう、中には見慣れたオレンジの頭髪も見つけられた。言わずもがな、ディックである。
幼い頃から慣れ親しんだ者たちは次々に声を投げかけ、ディックも嬉しそうに応じている。時折、仲間に揶揄われてか見せる照れくさそうな顔は、大人びた彼を年相応に見せていた。
ジークハルトは新兵たちに何言か投げかけ、教会の方へと一人足を向けた。礼拝なり挨拶なりが目的だろう。
新兵たちは付いていかないようで、早速と料理の列に並んでいた。きっと訓練を終えて間もないのだろう、空腹を訴えるように腹に手を当てる若者たちに、配膳の者たちも心持ち多い量を盛り付けていた。
ディックも一品は料理を手にしたことを確認して、カイルとライラが動く。まん丸ブランケットを抱えてとたとたと駆け寄った弟妹分を、ディックは腕を広げて迎え入れた。
抱き合って戯れ合う、仲の良い兄弟然としたその光景を微笑ましく見届けて、瑞希もそろそろかと動き出す。
アーサーは気遣わしげな視線を投げてきたけれど、大丈夫だからと笑顔で宥めた。
「こんばんは、訓練お疲れ様です」
にこりと笑顔を浮かべてまずは挨拶を口にすると、ジークハルトは怪訝な顔で瑞希を見据えた。
「もしよろしければ、食べながらでも結構ですのでお話を伺いたいのですけれど、よろしいですか?」
「……特別話すことなどないと思うが」
にべもない言葉。それでも、瑞希の笑顔は揺らがない。
「私としては、スポーツドリンクやお薬のこと、確認させていただけると嬉しいのですが」
ぱちり、と。警戒を前面に押し出していた顔が、豆鉄砲を食らった鳩のような顔に変わる。
一拍、二拍。三拍目にしてようやく、ジークハルトが我に返り、苦虫を噛み潰したような顔になった。
それを素知らぬ顔で待ち続け、ジークハルトの返答を待つ。
「…………話を聞こう」
いかにも不承不承という溜息混じりの声に、瑞希はあえて笑みを深くした。




