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最高のエール

 馬車はいつものバス停ではなく、教会の前で停車した。

 ぞろぞろと乗客が降りていく流れに紛れ込んで、瑞希たちも馬車を降りる。

 豊穣祭の遊宴はすでに始まっていて、配られた酒に顔を赤らめている人も少なくはなかった。

 お腹を空かせた子供たちに急かされるまま、まずは馬車で勧められたスープの列に並ぶ。

 豆のスープは、予想した物とは随分違っていた。白い汁の底からスプーンで掬ってみても、入っていた具材はキノコとホウレンソウ、ベーコン。時々黒い胡椒粒も顔を見せるけれど、豆の姿はどこにもない。

 偶然瑞希の椀がそうだったのかと思ったが、他の椀にも豆は見受けられなかった。

 けれど、一口啜ってみればすぐにわかった。

 白い汁の正体は、豆乳だった。牛乳とは違う癖があるけれど、具材の旨味や風味が上手く和らげてくれている。

 なるほど、これはいくらでも飲めてしまう。と瑞希は女性の言葉に心底から共感した。

 あっという間にスープを飲み干した子供たちは、早速次の料理の列に並んでいる。ルルのナビゲートによると、今度はパンのようだ。

 はしゃいで小走りする小さな背中を見送って、今度は人集りに目を向ける。

 その中に人を探すように目を動かすけれど、求めた姿は見当たらず、出鼻を挫かれたと瑞希は息を一つ吐き出した。


「誰か探しているのか?」

「ええ。でも、まだいらしてないみたい」

「…………ジークハルトか」


 確信を持ったアーサーの言葉に、瑞希はぱちりと瞬いた。

 それに、いっそう確信が強くなったのだろう、アーサーの眉間に深く皺が刻まれる。


「ミズキが気にすることは何もないんだ」

「……それは、私に『首を突っ込まれたくない』ってこと?」


 露悪的な言い方になってしまったが、アーサーがそれに気を悪くすることはなかった。むしろ、そう言わせてしまったことを悔いているようだ。

 そうじゃない、と首を振る彼の顔は悩ましげで、瑞希は胸が痛くなった。


「あのね、アーサー。私が介入してはいけないと言うなら、仕方がないけれど。でも、そうじゃないなら、彼のことは私に頑張らせてくれないかしら」

「しかし……」


 承服しかねる、と言葉にはしないまでも表情に出すアーサーに、お願いよ、と言葉を重ねる。


「私が、頑張りたいの。頑張って、それで認めてもらえたら、きっと自信が持てると思うから」

「自信?」

「あなたの隣に立っていいんだ、って。そう思える自信がほしいの」


 アーサーの眉間の皺が消える。思ってもみなかったことを言われたと言わんばかりに目を見開く彼に、瑞希は困ったように苦笑した。


「あの方が私を警戒する理由はわからないけど、今回はきっといい機会なのよ」


 ダグラス老に、ジェラルド。恐らくはシドもだろう。アーサーの出自を知る人々は、驚くほどすんなりと瑞希を受け入れてくれた。

 だから、ジークハルトに警戒されて初めて気がついた。これまでの自分がいかに恵まれていたのかと。


「だから、見守っていて。私が、誰にも恥じずにあなたの隣に立てるように。私自身の力で認めてもらいたいの」


 それは、強い眼差しだった。決意の宿る目に、魅入られるようにアーサーの目が釘付けになる。

 その言葉が、どれほど胸を熱くするものか、彼女は自覚していないのだろう。だからこそ、アーサーの胸はいっそう強く震えた。

 は、と。零れ出た吐息が熱い。きっと今の自分はひどくだらしない顔をしているだろう。それこそ、ジークハルトが見れば卒倒するような。

 けれど、これほどの幸福感を押し殺す術を、アーサーは知らなかった。

 それほどまでに情熱的で、心を揺さぶる言葉だった。


「あれは、この上ない頑固者だぞ」

「望むところよ」


 相手にとって不足なし、とさらなる意気込みを見せる瑞希に、アーサーがこれ以上言える言葉はない。


「ミズキと出会えてよかった」


 思わず、けれど心の底から零れ出た言葉に、瑞希は満面の笑みを浮かべた。


「最高のエールだわ」


 そう言う彼女は、ひどく晴れやかで、眩しかった。

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