店の後
夕日の端が山にかかり始めた頃、《フェアリー・ファーマシー》はその日の営業を終えた。
いつもは間をおかず補充に清掃にと手がけるのだが、今日からしばらくは勝手が違う。
子供たちにモチを連れてきてもらい、戸締りをして店に背を向けた。
足を向けた先には、先に乗り込んでいる客たちが心弾む笑みを浮かべて待っている。
その中に小走りで乗り込んで、空いた席に腰を下ろした。
「ミズキ、今日もお疲れ様」
そう声をかけてくれたのは客の一人だ。いつも頑張ってるわね、と慈しむような声音で労われて、照れ臭く思いながらもやはり嬉しくなる。
「ミズキたちも、これから豊穣祭に行くんでしょう?」
「はい。初めて参加するので、ちょっとわくわくしてるんです」
抑えきれない意気込みを滲ませる瑞希に、その理由は知らないまでも女性は頷いて同意を示した。
「その気持ち、私にもわかるわ。毎年参加してるけど、それでもはしゃいでしまうもの」
うふふ、と恥じらうように笑みを零す彼女に、瑞希もふわりと笑顔を浮かべる。
「今日は豆の日なんですよね?」
「ええ。でも、今日のスープには気をつけてね。美味しくて、いくらでも飲めちゃうの」
真剣な顔の女性に、瑞希の目が輝く。そんなに美味しいなら是非とも頂かなければと、心のメモに書き留めた。
「お豆のスープって、どんななのかしら?」
瑞希の肩に座るルルが問うけれど、答えを聞きたいわけではないらしい。早く見てみたい、と言わんばかりの笑顔で、馬車の進む先に目を向けていた。
夜も近い時間帯、秋風はほんの一吹きで体の熱を奪っていく。
堪らず体を震わせて、鳥肌の立った腕を温めるように摩った。
子供たちは大丈夫かと、視線を横に向ける。
「さむい」
「暖炉欲しい……」
「馬車に暖炉はさすがに無理があるぞ……」
呆れ顔のアーサーに、「だって寒いもん」と答えたカイルは拗ねたような口ぶりだった。
けれど、そう言いながらもライラはアーサーに、カイルはモチに、それぞれ暖を求めて抱きついている。ぎゅうぎゅうと小さな体で添い合う姿はまるでおしくらまんじゅうだ。
アーサーは唇を固く結びながらも、甘やかすように自分の外套の中にライラを迎え入れた。
ぐりぐりと小さな額を胸板に押し付けられて、擽ったいとアーサーが苦笑する。
カイルには瑞希が肩掛けを広げて、抱き込むように一緒に包まった。きゅうっ、と堪えるようだった顔がふにゃりと蕩ける。
「あったかぁい」
どことなくふわふわした声に、そうね、と瑞希も頷いた。
「相変わらず仲良しなのね。腕の中の子は、もしかして噂のウサギかしら?」
思ってたよりも大きいのね、と女性の関心がモチに注がれる。ブランケットに包まれたモチは全身こそ見えないものの、その大きさは誤魔化しようがなかった。
もふもふしてて温かそう、と柔らかく微笑む女性に、カイルが小さな唇を尖らせて、モチを抱く力を強くする。
とっちゃやだ、と言わんばかりの反応を、微笑ましく思ったのは女性だけではなかった。
「大丈夫よ。みんな、そんなことするはずないって知ってるでしょう?」
「……でも、モチはオレたちの家族だから」
だから、と理由になりきらない言い分も、カイルにとっては譲れないことなのだろう。
柔らかな猫っ毛を撫でてやると、カイルの顔がモチに埋められた。ぴこぴこと、ブランケットからはみ出した長い耳が動く。なんとなく捕まえてみると可哀想なくらい冷たくなっていて、少しでも温まるようにと撫でてやると、耳の動きが収まった。
「こんな寒い中に連れ出すのは可哀想だったかしら」
「でも、仲間はずれにするともっと拗ねるよ。モチは甘えん坊だもん」
「それもそうね」
すんなりと頷いた瑞希に、そうだよとカイルが深く頷く。小さな手が反対の耳を撫でてやると、球体に近かった体が少しだけ平べったくなった。顔は見えないが、すっかりリラックスしているのだろう。
ウサギも交えながら仲睦まじく寄り添い合う一家に、温かな眼差しが見守るように注がれていた。




