自分らしく
とはいえ、はてさてどうしたものか。
昼の営業を開始した店内で、瑞希は物思いに耽っていた。
豊穣祭が始まったのか、そろそろなのか、食べ物からはぱったりと客の手が遠のいた。飲み物はまだ売れているが、こちらも午前に比べるとやや控えめだ。
客の数は顕著に違いが出ていないのだが、細かな作業が減った分、瑞希も商品補充に割く時間が多くなった。
だから前出ししては後ろにつめてのルーティンワークを熟しながら、ジークハルトのことを考えた。
向けられる警戒を解くためには、いくつか手段がある。
自分に敵意や害意はないと示したり、誠意を示したり。
けれどそれだけでは、対ジークハルトの策としては梨の礫にしかならないだろう。
『早々に関係を改めることだ。それがゆくゆくは君のためにもなる』
脳裏にジークハルトの言葉が蘇る。
その前には、認められるはずがない、とさえ言っていた。言われたその瞬間はジークハルトが主語と捉えたが、そうではないのかもしれない。
アーサーの父、ジェラルドにはもう認められていると聞いた時、彼はひどく驚いていたから。
それでも関係を改めろと警告してくるということは、まだ誰かに認められる必要があるということだろう。
(普通に考えればお母様や身内の方だろうけど……)
──なんとなく、違う気がする。
何の根拠もない、ただの勘でしかないけれど、瑞希はそう睨んでいた。
(こういう時、どうすればいいのかしら)
今の自分ではだめなのかと、胸が重い。
瑞希はほとほと嘆息した。
ぐるぐると、形を成さない考えだけが頭の中を旋回する。どうにかしたいのに、どうすればいいのかわからない。それが嫌でいっそう頭を働かせるけれど、逃げ道ばかりが頭をちらついて腹立たしかった。
瑞希の目線が下がる。はらりと落ちてきた前髪が目元に影をかけた。
きっと、アーサーは自分を守ろうとしてくれるだろう。ジークハルトのことも、彼に相談して仕舞えば何かしらの手を打ってくれるに違いない。
自惚れではなく、そう理解していた。
けれど、それでは瑞希が嫌だった。
のほほんと、ただ守られるだけの存在になりたいわけじゃない。
アーサーが瑞希を守ろうとしてくれるように、瑞希も彼を支えたいのだ。
だから、ジークハルトとも向き合いたいと思った。頑張ると、そう決めたのだ。
自分に出来ることは、そう多くはない。そんなことはわかっている。
けれどその中にも、アーサーのために出来ることがあるはずだ。
ぴたりと、瑞希の手が動きを止める。
重い雲が晴れるように、視界が開けたような錯覚を起こした。
「ミズキ?」
手を止めた瑞希を心配してか、ルルが天井から降りてくる。
どうしたの、と覗き込んだその顔は彼女の予想とは違って、釣りがちな目が数度瞬きを繰り返した。
「何かいいことでもあったの?」
指摘されて、引き結んでしまっていた口元が柔らかく解れているのを自覚した。
「うん。ちょっとね、もやもやしてたんだけど、すっきりしたの」
「ふぅん。でも、解決したならよかったわね」
これから解決させるの、と瑞希は内心で独り言ちた。
一瞬とはいえ過ぎった逃げ道を、らしくないと一蹴する。
胸の奥に閊えていたものが、すとんと腑に落ちた気がした。
何が出来るかなんて、そんなことはわからない。けれど、それなら、やれるだけのことをやればいい。
それでも認めてもらえないなら、また別の出来ることを探せばいいのだ。
今の自分では認められないのなら、認められるために努力しよう。
胸を張って、彼の隣に立てるように。
立ち止まってなんていられない。
ぐっ、と腹に力を入れる。木の板張りの床をしかと踏みしめて、瑞希は顔を上げた。
秋晴れの空。窓の外の陽はまだ高い。




