不器用な人
馬の手綱を引いて着いた家路には、耳に痛い沈黙が続いていた。
いや、そう思っているのはアーサーだけなのかもしれない。
隣を歩く瑞希はいつもと変わらない表情で、それが余計に気がかりだった。
ジークハルトめ、と別れたばかりの知己への恨み言が胸中に満ちる。
けれど、それを言わせたのも自身なのだと、己の不甲斐なさを痛感した。
「そんな顔しなくても大丈夫よ」
静かに響く瑞希の声に、アーサーは言葉を詰まらせた。
凪いでも見えるほのかな微笑に、胸の奥がひどくかき乱される。
気づけば伸ばしていた手が、瑞希の頰に触れた。秋風で少し冷たくなった頰。温かいわね、と細められた茶色の瞳に、少しでも体温が移ればいいと手のひらで包み込んだ。小作りの耳に指先が触れて、くすぐったいと瑞希が首をすくめる。
「辛くないか」
口にしてしまった問いに、瑞希が目を瞬かせる。何のことかわからない、というような無垢な目に、アーサーが気まずそうに口を開いた。
「ジークハルトが、突っかかっていただろう。……その、あれは悪い奴ではないんだ。ただ頭が硬すぎるだけで……」
しどろもどろと続けられる言葉に、意外な一面を見たと瑞希の目が丸くなる。
弁明を図ろうと言葉を模索するするアーサーの必死な様子に、自然と口元が綻んだ。
「アーサーったら、そんなことを気にしてたの?」
ふふ、と吐息を零すように笑われて、アーサーが不可解そうに眉間を寄せる。
「私、何か聞かれるんじゃないかって悩んでるんだと思ってたわ」
「それこそ『そんなこと』だろう。甘えてばかりとはいえ、いつ聞かれてもおかしくない自覚はある」
言いながら溜息を吐いたアーサーに、あらあらと瑞希がまた笑いを零した。
生真面目な性格は、こういう時に不便だ。アーサーらしいといえばそうなのだけれど、もう少しでも楽に考えることができたらなら、きっともっと心穏やかでいられるだろうに。
でも、こんな人だからこそ思うのだ。少しでもアーサーが安心できるようにできることをしたい、と。
(ああ、だからかしら)
ふと、ジークハルトの気難しい顔が思い浮かぶ。
彼の厳しい言葉の数々が、アーサーのためだとしたら。アーサーの憂いを少しでも減らすための牽制なのだとしたら。
可能性の話でしかない。けれど足りなかったピースが埋まった気がして、瑞希の心は上向いた。
「ねえアーサー。あの方も、豊穣祭にいらっしゃるかしら」
「来るだろうな。敬虔な信者だから」
確信を持ったアーサーの言葉に、瑞希は一つ頷いた。
明日もスポーツドリンクを届けに行くとはいえ、会える機会は多ければ多いほどいい。
「……私、頑張るわ」
誰にともなく呟いた言葉を拾ったアーサーが、律儀にも首を傾げて反応を示す。
「? ミズキはいつも頑張っているだろう」
これ以上何を頑張るんだ? と不思議そうにされて、瑞希は一瞬面食らった。ぱっちりと瞠られた目が、すぐに嬉しそうに細められる。
「きっと、すぐにわかるわ」
それまでは内緒よ、と笑う瑞希に、アーサーはますます首を傾げたが、楽しそうだからいいかと追及はしなかった。
「無理はしないでくれ」
念のためにと刺した釘に、瑞希は笑顔で頷いた。




