火花
「ええと……アーサー、この方もお知り合い?」
念のために問えば、何故かジークハルトに目を剥かれた。
アーサーは関係は語らないものの、平然とした顔で頷いて答える。
「それで、荷の確認は誰が?」
「この方がしてくださるそうよ」
「そうか。では頼む」
瑞希にとってはいつも通りの遣り取りに、ジークハルトは信じられないものを見るような顔をしていた。
「貴方は、いったい……っ」
その言葉は、どちらに向けられたものなのだろう。
ぎり、と彼の歯が軋んだ音を出す。表情の薄かった顔に、今は深い皺が刻まれていた。
険しい顔、厳しい眼差しが瑞希に向けられる。
豹変した態度に、瑞希はぎくりと身を強張らせた。後退りしなかったことは、なけなしの理性の賜物だ。そうしていてもおかしくないほどに、今のジークハルトの目は剣呑な光を帯びていた。
敵意にも酷似した警戒が瑞希に向けられている。
知らず、瑞希は息を止めた。
(あの子たちがいなくてよかった)
衝撃でうまく働かない頭を、かつて受けた領兵の暴挙が過ぎる。
対峙しているのはたった一人だというのに、比べ物にならない程の気迫が彼にはあった。
まるで剣の鋒を喉元に突きつけられているような心地さえしてしまう。
人一倍大人の機微に敏感な子供たちには、到底耐えられない。
瑞希でさえ身震いしてしまうほど、ジークハルトの眼光は凄まじかった。
は、とようやく吐き出せた浅すぎる息。けれど吸うことは叶わず、閉塞感が喉に蟠る。
ぐるりと揺らぎかけた視界を、見慣れた外套が埋め尽くした。
ゆるゆると緩慢な動きで見上げれば、眉を釣り上げたアーサーが前方を睨んでいる。
「ーー誰に向けてそんな顔をしている」
地を這うような低い声。怒りを露わに立ち塞がるアーサーに、ジークハルトは納得がいかない声で問うた。
「その娘は……」
「婚約者だ」
問いかけを遮ったアーサーに、ジークハルトが息を飲む。
「婚約……? そんな小娘と……?」
「言葉を改めろ」
「こんな……認められるはずがない!」
正気を疑うと荒げられた声音に、アーサーの目つきが鋭さを増した。苛立ちをそのままに、低い声音が吐き捨てる。
「父上もご承知のことだ」
ジークハルトは絶句した。ありえないと言うようにかぶりを振る。
けれど、彼もアーサーが嘘を吐くような人間ではないと知っているのだろう。だからこそ、より強い衝撃を感じているようだった。
緊迫した空気の中、アーサーの背に庇われながら、瑞希は意識して呼吸を繰り返す。
このままではいけないことはわかっていた。けれど、息も整わないうちに割って入るには無理があった。
腹に力を入れて、無理やり体の震えを止める。
「……お話は、後にして頂けますか」
引き攣った喉で、硬い声を紡ぐ。
気遣わしげな目と、苛立たしげな目が瑞希を射抜いた。
重心が後ろに下がりそうになるのを、奥歯を噛み締めてなんとか堪える。ここで気圧されてはいけないと直感した。
「まだ、荷の確認が終わっていません。お互い、仕事を疎かにすることは本意ではないはずです」
「…………」
無言のうちに、ジークハルトの目が馬に積んだ荷に向けられる。
一旦は、気を鎮めてくれるようだ。
瑞希は僅かばかりの安堵に息を吐いた。
あの強すぎる気迫に飲まれてしまった瑞希では、ずっと踏ん張り続けることは厳しい。
その場凌ぎとはいえ、小休止を設けられることは不幸中の幸いだった。
けれど、ただ安心してもいられない。荷を確認する間の短い時間に、心の準備を整えなければならないのだから。
完全に思考を切り替えるわけにはいかない。かといって、下手な小細工で引き延ばそうとすれば間違いなくつけ込まれる。
(気合い、入れなきゃ)
握る拳に力を入れる。目に強い光を宿して、瑞希は顔を上げた。




