腹が減っては仕事は出来ぬ
午前最後の定期馬車の後にも、《フェアリー・ファーマシー》への訪問客は絶えなかった。薬などを買いに来る客とは別に、瑞希の発注したスポーツドリンクを届けに街の薬売りたちも足を運んでくれたからだ。
彼らへの支払いは、今年の夏《フェアリー・ファーマシー》が特別功労賞を受賞した時に与えられた報奨金から捻出している。
自分一人の成果ではないという負い目から手をつけられていなかったそれを心置きなく使えることは、瑞希にも喜ばしいことだった。
そうして、店の営業に商品の受け取りにと動き回り、ようやく迎えた昼休憩。
配達の用意はアーサーと双子に頼み、瑞希はルルと昼食作りに腕を振るっていた。
鮮やかなオレンジ色のかぼちゃのスープと、くるみとレーズンが練りこまれた堅焼きパン。メインは骨つきラム肉の香草焼きだ。
「ん〜、いい匂い!」
「食べるのはみんなが揃ってから、よ?」
「もう、わかってるわよっ。それより、時間は大丈夫なの?」
早めに店を切り上げたとはいえ、荷物を馬に運んでもらう都合上、移動は徒歩となる。
ちゃんと食べる時間はあるのか、と気遣わしげなルルに、瑞希はもちろんと間をおかずに頷いた。
国軍の訓練は《フェアリー・ファーマシー》よりもさらに町から離れた野原で行われている。
距離は《フェアリー・ファーマシー》から街までとほとんど変わらないらしいから、よほどのんびりしなければ午後の開店にも十分に間に合う見積もりだ。
そう言うとルルは表情を和らげて、ぴっと人差し指を立てた。
浮き上がった料理が、リビングのテーブルに向かって飛んでいく。
それを見送っていると、玄関の方から物音が聞こえた。
「アーサーたちも帰ってきたみたいね」
とたとたと軽い足音がキッチンにまで聞こえてくる。
まもなく開け放たれたドアには、想像した通り双子の姿。
うっすらと上気した頰は、少しとはいえ走ったからだろうか。
「母さん、荷物まとめ終わったよー!」
「数もね、ちゃんと数えたの!」
元気一杯に報告してくる二人にありがとうと笑顔で礼を言うと、双子の笑顔はいっそう輝いた。
「ちょうどご飯もできたから、手を洗っておいで」
「早くしないと、先に食べちゃうわよ〜?」
心にもないことをルルが言うと、真に受けた双子が「それはダメ!」と声を揃えた。ぱたぱたと小走りに洗面台に向かう小さな背中に、すかさず「家の中で走らないの!」と瑞希の注意が飛ぶ。
それでも逸る気持ちは抑えられないらしく、競歩になった双子には苦笑を禁じ得なかった。
やれやれと肩をすくめた瑞希の耳に、もう一度ドアの開く音が届く。
振り返ると、アーサーがモチを抱えていた。
「おかえりなさい、アーサー。準備、ありがとう」
「礼には及ばない。やったのはほとんどカイルたちだ」
手を出そうとすると怒られた、と肩をすくめるアーサーに、あららと言いながらも笑ってしまう。
それをアーサーが咎めることはなく、表情は優しいままだった。
「二人とも、いつまでも話してないで。早くご飯にしましょ、アタシお腹ペコペコだわ」
「ああ、そうだな。俺も手を洗ってくる」
「モチは、足を拭いてからね」
アーサーからモチを受け取って、濡れ布巾で拭いてやる。
汚れを落として元の白さを取り戻したモチは、床に下ろした途端ぴょこぴょこと跳ねていった。
「ルルより先にモチが食べちゃったわね」
「しょうがないわ、モチの食いしん坊は今に始まったことじゃないし」
ころころと鈴を転がすような声で笑い合っていると、手洗いを済ませた双子が戻ってくる。
「ルルちゃん、待っててくれたっ?」
「待ってたわよー!」
ぴこぴこと手を振って示すルルに、ほっと小さな胸が撫で降ろされる。
それにまたころりと笑い声を零して、双子をテーブルに促した。
リビングは途端に賑やかになったというのに、モチは一心不乱にしゃくしゃくと野菜を食んでいる。
まもなく、アーサーもリビングに戻ってきた。待たせた、と申し訳なさそうにする彼に気にしないでと笑顔を向けて、席に促す。
「いただきます!」
リビングに、元気な唱和の声が響いた。




