隠し事
湯煎の終わった薬壷に、埃が入らないように布をかけて調剤室を出る。夕飯は何を作ろうかと話しながら階段を降りていると、不意にいい匂いが鼻先を掠めた。
「なんか、美味しそうな匂いね……?」
「う、うん。でも、アーサーもあの子たちも、料理はあんまり……」
言い澱みながらも、食欲をそそる匂いは増すばかり。言い切れず、見た方が早いと瑞希は足早に階段を降りきった。
リビングには、誰の姿もない。暖炉に火が入っているというのに、寒がりのモチさえいなかった。
探してみると、白いクッションがそわそわとキッチンに入りたそうにしている姿が目に入る。
これはいよいよ、と瑞希とルルの視線がかち合わせ、頷きあった。
そろり、と自ずと慎重になった足取りでキッチンを覗くと、中にはやはりアーサーと双子の姿がある。
「父さん、味見! 味見!」
「カイルずるいっ、ライラもーっ」
「わかった、わかったから。静かにしないと、ミズキたちに気づかれてしまうだろう」
いつになく甘えた声音でせがむ双子に、アーサーが静かに窘める。
双子ははっとして口を噤んだけれど、味見は諦められなかったようで、上目遣いでおねだりしていた。
アーサーと双子は、三人で一つの鍋を囲んでいる。作っているのはアーサーだろう。
ということは、鍋の中身はスープに違いない。
小皿に注がれたそれを、双子はきらきらの目で受け取っていた。
「どうだろう……?」
「んー、ちょっと薄い?」
「そうか」
頷いて、アーサーの手がコンソメパウダーの小壺を手繰り寄せる。
小匙で少しずつ入れるのかと思いきや、アーサーは匙に山盛りのコンソメパウダーを鍋に足し入れた。
思わずギョッとした瑞希とルルに気づくことなく、三人は賑やかにスープ作りに精を出す。
「今度はどうだ?」
「……濃い」
(でしょうね……)
実際味見をしたカイルのように、瑞希とルルの眉間にも皺が寄った。
どうにも味の調節がうまくいかず困り顔のアーサーが今度は水を手に取るけれど、その量もまた大量で。
瑞希とルルはまた顔を見合わせた。
声を漏らさないように手で口を押さえ、足音を立てないように後ろに下がる。
階段手前まで忍び足で移動して、堪えきれずに苦笑した。
「今日のスープはすごいことになりそうね……っ」
笑いを押さえようとするほど、肩の揺れが大きくなる。肌寒く感じていた体が、今ではぽかぽかと温かかった。
ふぅふぅと運動した後のように早くなった呼吸を整えて、それでも二人の顔から笑顔が消えることはない。
「お腹すいたけど……出ていくタイミング、逃しちゃったわね」
「今からちょっと騒がしく出ていけばいいんじゃない?」
「それもそうね」
ちょっと大きな声で話せば、きっと大慌てでキッチンから出て来るだろう。そんな姿が想像できてしまった。
「ミズキー、お腹減ったー!」
わざとらしく、ルルが声を大にして叫ぶ。
ガチャン! と何かを落とす音に素知らぬふりを貫いて、「そうねぇ」と瑞希も弾んだ声で返したのだった。




