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調剤室と秋の夜風

 ゴリゴリと鈍い音が調剤室に響く。

 薬研を動かす瑞希の頭上では下処理を終えた薬材たちがいくつも飛び交い、煎じられたり混ぜられたりと忙しない動きを見せていた。


「ルル、今どんな調子?」

「んー、もうちょっとしたら蜜蝋を入れるわよ」


 そう言いながらも、蜂蜜色の入った瓶が瑞希の頭上を飛んでいった。


「あの子たち、もうお店の片付け終えられたかしら」

「いつもならそろそろ終わる頃だけど、今日は三人だものね。ちょっと長引いてるかもしれないわ」

「……アタシ、やっぱり今からでも手伝いに……」

「行ったら、今度こそカイルたちに怒られるわよ?」


 それでもいいの? と問い返されて、ルルはもどかしそうに臍を噛んだ。

 いつもは瑞希こそが過保護と言われるのに、今日はルルが過保護である。


「あの子たちも大丈夫って言ってたじゃない。薬作りに一段落つけたら、思いっきり褒めてあげればいいのよ」

「そうだけど〜……」


 気になるのよう、と眉を八の字にするルルは、ままならない苛立ちを振り払うように勢いよく腕を振る。

 だからだろうか、魔法によって動く薬材や器具は、普段と比べて少し動きが荒っぽく見えた。それでも工程はきっちり順序正しく進めているあたり流石である。

 人のことは言えないと承知しながらも、瑞希の口元が柔らかく綻んだ。


「じゃあ、蜜蝋を溶かすまでできたら一旦切りにしましょうか」


 そうすれば夕飯の間に粗熱も取れるから一石二鳥だろう。

 瑞希の提案に、ルルは二つ返事で頷いた。


「それなら、ちゃっちゃと済ませちゃいましょ!」


 言うが早いか、じゃら、と音を立てたのは蜂蜜色の入ったガラス瓶。その中身が、今度はぽちゃぽちゃと小壺の中に落ちていく。

 逸る気持ちもあるだろうに、あと少しと分かっているからかついさっきまであった荒々しさは形を潜め、ぐるぐると撹拌する速さは速すぎず遅すぎずの絶妙な加減を保っていた。

 瑞希も、薬材を十分に擦り潰せたことを確認して陶器の壺を取り出した。それに熱湯を注いですぐに蓋をし、じっくり蒸らす。

 まるで茶でも入れているような作業だが、これも立派な抽出方法だ。

 今回は飲むためのものではないとはいえ、ハーブティーよりも癖の強い香りは、瑞希の食欲を減衰させた。


「うぅ……ご飯前に湿布薬なんて作るものじゃないわね……」


 冷めれば匂いも気にならなくなるとわかっているのだが、それまでの時間は苦行に近いものがある。

 顔も声もげんなりとさせた瑞希に、ルルは無言で首を動かした。同じ室内にいる以上、当然ルルにも臭気の被害は及ぶのだ。


「慣れてても、この匂いはどうしてもね……」


 小さな指が、何かを弾くように動く。換気用の窓から流れ込んだ新鮮な空気が、きつい草の臭気を攫っていった。

 夜風は寒がりの体に堪えるが、匂いのなくなった空気は吸いやすく、ちょっとした解放感を覚える。


「ありがと、ルル」

「いーえ、お互い様よ」


 ぱちん、と魅力的な笑顔でウインクして、ルルはまた薬作りに魔法を集中させた。

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