閉店後の激励
「ミズキ、ルルも、後は俺たちでやっておくから先に上がってくれ」
今日最後の客たちを見送った直後の言葉に、瑞希とルルは思わず顔を見合わせた。
客たちが帰った後でも、明日の営業に向けて店内の清掃や商品の補充と、やることは意外と多い。
だというのに、先に上がれというのはどういうことだろう。
「お掃除と補充はどうするの?」
明日が定休日ならともかく、店は営業日だ。何の準備もしないで明日を迎えるわけにはいかない。
渋る瑞希に、大丈夫と口を開いたのは双子だった。
「あのね、ママたちは、お薬作らなきゃでしょ?」
「だから、オレたちがお店のことやるの!」
えへん、と自慢げに双子が薄い胸をそらす。驚きの抜け切らない表情で視線を動かせば、そういうことだとアーサーも温かい眼差しを向けていた。
「でも、魔法もあるから、ちゃちゃっと作れるし……」
「だーめ、なのっ」
まろい頬を焼いた餅のように膨らませるライラに、ルルは咄嗟に口を噤んだ。
控えめな性格のライラが、こうも強く主張することは珍しい。それも怒ったような顔で、となればなおさらだ。
困った顔でカイルに視線を移せば、カイルもまた「だめだからね」と言わんばかりの顔をしている。
溺愛している弟妹にこうもダメ出しされて、困惑したルルは泣きそうな顔で瑞希に縋った。
「ミ、ミズキぃ〜……」
いつも溌剌としたルルのいつにない頼りない声。きゅうっと抱きついてくる小さな体を反射的に優しくあやすけれど、瑞希も事態がうまく飲み込めていなかった。
今日は珍しいこと尽くしだと、頭の中の冷静な部分が他人事のような感想を抱いた。
カイルとライラが、自分たちでもできるお手伝いを精一杯考えた結果なのだろうということはなんとなく察しがつく。
毎日のようにやっている作業だから任せることに不安もないのだが、すぐには頷けなかった。
「本当にいいの?二人とも……アーサーだって疲れてるでしょう」
「平気だよ。だから、母さんたちはお薬を頑張ってよ。ね?」
申し訳なさそうにする母を安心させるように、カイルが子供らしくも頼もしい笑みを浮かべる。
瑞希は暫し逡巡し、やがて「それなら」と頷いた。
「じゃあ、お願いさせてもらおうかな」
「うんっ、お願いされました!」
嬉しそうな顔をして、小さな拳が力強く自身の胸を打つ。けれど力の加減を間違えて噎せる姿に、瑞希は内心で一抹の不安に駆られた。
(アーサーがついてるし、大丈夫だとは思うけど……)
張り切りすぎた双子に振り回される彼の姿が脳裏に浮かんだのは、きっと仕方のないことだと思いたい。
瑞希は申し訳なさの残る顔でアーサーを見上げた。
「じゃあ、私たちはお言葉に甘えて調剤室にいくけど……頑張ってね……」
「?ああ、任された」
含みを感じる言葉に若干の違和感を覚えながらもしっかり頷いたアーサーに、瑞希は頑張ってと内心でもう一度激励を送り、家の方へと爪先を向けた。




