何事にも限度があるのです
瑞希とアーサーがリビングのドアを開けると、両腕をカイルとライラ、膝をモチに押さえられて身動きが取れなくなっているディックがいた。ご満悦のモチの背には、ルルがころんと寝転がっている。
「ディックったら、大人気ね」
思わず笑ってしまうと、ディックは照れたように頰を掻いた。
「いや、よくわかんないんだけど、キッチンに行こうとしたら急にこうなったんだよね」
「兄ちゃんはキッチンに入っちゃダメっ」
絶対ダメ! と念押ししてカイルがディックの腕にぎゅうっとしがみつく。
ライラも、ダメとは言わないまでも抱きつく腕の力を強くして、ディックは満更でもない顔で「困ったなぁ」と嘯いた。
「今日は、私とライラが一緒にお料理するって約束してたのよ」
「あ、そうなの? だったらそう言ってくれればよかったのに」
ようやく納得がいったディックがそういうけれど、カイルたちが彼を解放する様子はない。
引き止めることもだが、きっと久しぶりの兄貴分に甘えたかったのだろう。どさくさ紛れに押し付けている双子の頰は薄っすらと赤く染まっていた。
「ライラ、もうご飯作る?」
「つ、作るっ」
ライラが慌てたように答えた。残念そうにディックから離れる姿に、正直だなぁ、と瑞希の顔が緩む。
「ぱばっと作って、たくさん食べてから遊んでもらいなさい」
「うんっ」
頑張る、と小さな拳を作るライラの頭を撫でて、瑞希がルルに目配せする。
ルルはひらりと羽を動かし、瑞希たちの許に飛んできた。彼女の目が少しの間アーサーを写したかと思えば、「あーらら」と同情的な声が上げられる。
ずっと黙り込んでいたアーサーは、笑っていた。
「ようやくだな……表へ出ろ、ディック。久々に稽古をつけてやる」
「げ。や、きょ、今日はご遠慮しようかな〜……なんて」
「遠慮? 必要だろう」
ディックが顔を引き攣らせ、後ずさろうとする。
危険を察知したモチは慌てて膝から跳び退くと、カイルのズボンの裾を引っ張った。まるで逃げようと促すように。
「モチ? どうしたの?」
カイルがモチを両手で抱き上げる。感情の機微に聡いカイルが平然としていられるのは、アーサーが矛先をディックのみに向けているからだろう。
解放されたというのに、ディックは逃げられなかった。
「言っただろう。覚えていろ、と。……さあ行くぞ」
アーサーががしりとディックの肩を掴む。返事を待たずに力技でディックを引き連れて、二人はリビングから出ていった。
その背中を、四人と一匹が見送る。
「ご愁傷様……」
呟くルルの声が、広いリビングに悲しく響いた。




