昼食前
最後の馬車が街への帰路に着き、店内にはすっかり客がいなくなる。
ルルはカイルに薬作りを教えるために、一足先に家に戻った。
瑞希と二人きりとなった店内で、アーサーはすっかり取り繕うことを忘れて苦言を零した。
「まったく、あいつはどうしてああも落ち着きがないんだ」
国軍に入れば少しは落ち着くとでも思っていたようだが、その当ては完全に外れていた。
「いいじゃない。あれもディックの個性でしょ」
「そうは言うがな、ミズキ。純粋にあいつを慕う双子が真似をしたらどうするんだ」
「その時はその時よ」
楽しそうでいいじゃない、と軽く言い放つ瑞希に、アーサーは楽しくないと顰めっ面をした。
悪戯心を許容するだけの度量はあるのだが、根が真面目な人だから軽薄さは捨て置けないらしい。
けれど、瑞希は気づいていた。
アーサーの文句が、ディックのお調子者気質にしか言われていないことに。
(石頭ってわけじゃないのに……ほんと、不器用ねぇ)
そう思っても口にしないのは瑞希の優しさだ。
けれど、手が止まっていることはいただけない。瑞希は意識的にむっとした顔を作り、アーサーを急き立てた。
「ほら。そんなにディックが気になるなら、さっさとお掃除を終わらせるわよ」
「別に、気にしているわけでは……」
「そういうのも後! この後ご飯もあるのよ。それとも、ディックの前でも手伝ってくれるの?」
違うでしょう、と言うような顔で見上げられて、アーサーは言葉を詰まらせた。
もしここで頷けば、またディックの揶揄いの的になることは目に見えている。
それでも、と口を開こうとすれば、穏やかな瑞希の目がいっそう厳しくなった。
「まずは、お掃除。お願いね」
アーサーに、頷く以外の選択肢はなかった。
多弁は銀、沈黙は金。そう自らに言い聞かせて、アーサーは黙々と箒を動かす。
瑞希はその背に小さな苦笑を零し、水拭きを再開した。
(ディック、思ったより二日酔いは酷くないみたいだったわね)
胃に優しいものを、と聞いていたから昼食はリゾットにしようかと思っていたが、あれだけ元気そうなら足りないかもしれない。
乗馬は体力も使うし、あまり軽いものではかえって可哀想だろう。
(ライラにも作りやすくて、重くないけど軽過ぎないもの……何があるかしら?)
麦飯を炊くには時間がかかるため、主食は必然パンか麺に絞られる。
(消化に優しいのは麺かしら。あ、ミートソースのパスタ食べたいかも)
脳裏に浮かんだ赤茶のソースが瑞希の食欲を煽る。
トマト多めの真っ赤なソースも好きだけれど、挽肉たっぷりの茶色味の強いソースの方が瑞希は好きだった。
「ねえアーサー、二日酔いにミートソースってあり? なし?」
「あり、じゃないか? 飲み過ぎに効くと昔聞いたことがある」
決定だ。ミートソースは難しくもないから、ライラなら十分作れるはず。
一人頷く瑞希に、アーサーも昼食のメインを察していた。
サラダがわりにアボカドをオリーブオイルとコンソメパウダーで和えて、ポトフが余っているからそれも出そう。
思いの外さくっと決まった献立に、瑞希のカウンターを拭く手が早くなった。
毎日毎食の献立は悩みのタネだが、決まってしまえば気持ちも軽い。
拭きながら教え方まで考え出した瑞希に、アーサーはそっと腹を撫で、せっせと掃き掃除に精を出したのだった。




