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戸惑いと悲しみと

「おい……嘘だろ……」


 誰かの震えた声が、喧騒の中でいやに響く。

 声に振り返った者たちは、自分が目にした光景を信じられずに硬直した。


「アーサーが……あの(・・)アーサーが、サービスティーを配ってる、だと……⁉」


――似合わない!!


 店内の心は一つだった。

 双子が家に戻りアーサーがサービスティーを配る姿勢を見せると、客たちは明らかにどよめきだした。愛想笑いの一つもしない彼だから、その反応も無理からぬことだろう。鉄壁の無表情に気後れでもするのか、大きな手に差し出された小さなカップを、客たちはおっかなびっくりとしながら受け取っていた。

 双子の時とは全然違うわかりやすい変化に、周りに認識されないのをいいことに、ルルがけたけたと宙を転げて大笑いしている。何人かの「ちびちゃんたちは……?」と瑞希に聞きに来る客の姿が、ルルの笑いをいっそう煽っていた。

 仕事自体には特別問題は生じていないのだが、驚きや興味本位で二度見三度見されるアーサーはひどくやりにくそうだ。一生懸命な姿勢は双子に負けずとも劣らないのに。

 そんな居心地の悪さを感じながらも職務を全うしようとしてくれる彼の真面目さに、瑞希は苦笑しながら感服した。


(でも、アーサーのためにも、今後ともサービスティーはできるだけカイルたちにお願いしよう……)


 サービスティーを手渡すたびに怯えられるアーサーは、心なしかしょんぼりと悲しそうに見えた。


 そんな中のことだ。


「うっわ、アンタ、もうちょっとにこやかにできないの? 接客業に笑顔は必需品でしょ」


 くつくつと喉奥を震わせる声に、とうとうルルの笑い袋が弾けた。


「あっはははははははは!!」


 堪えるつもりのない大きな笑い声が店中に響く。よく見れば、出入り口付近の客たちも笑いを堪えるような百面相で肩を震えさせていた。


「ディック……お前、覚えておけよ……」


 アーサーは怒りに震える低い声で唸った。しかし、ディックは気にした様子もなく笑っている。

 ルルは笑いすぎて、もはや痙攣しかしていなかった。

 息も絶え絶えになりながら笑い続け、墜落しそうになっている姿は見ていて気が落ち着かない。

 瑞希はルルの回収も兼ねてカウンターから出た。へろへろと落ちかけるルルをさりげない動作で回収し、エプロンのポケットに突っ込みながら相手に体ごと向き直る。


「ディック、思ってたより早く来たのね。でも、見ての通りまだ営業中なのよ」

「それを狙ってきたからね。久しぶりだから、何か手伝おうかと思って」

「ない」


 間髪入れず返したのはアーサーだった。不愛想と指摘されたことがよほど腹に据えかねたらしい。ディックに向ける目だけが厳しく、態度もきつかった。

 わかりやすい不機嫌に瑞希は苦笑した。


「もうじき中閉めだから、先に上がっていてくれる? 今、双子とモチしかいないのよ」

「そうなの? じゃあ、お言葉に甘えて、ちびたちといちゃいちゃしてこよーっと」


 悪戯っ気たっぷりに言うディックは確信犯だった。今日の彼はとにかく煽る心算らしい。

 ディックの目論んだ通り、アーサーの目つきはいっそう険しさを増した。


「おまえ、本当に覚えていろよ……」

「もう忘れちゃったよ~、っだ」


 ディックはけらけらと愉快そうな笑い声を上げながら、勝手知ったる様子で家の中に入っていった。

 その背にアーサーが煮えたぎったマグマのような眼差しを向けていたことは、言うまでもない。

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