朝のおふざけ
久々の一人寝の夜は、眠れなかったとは言わないがなんだか胸寂しいものだった。それに、昨夜予想した通りひどく寒い。自分一人分の体温しかないベッドの中はそれでもやはり離れがたく、瑞希はいつもよりほんの少しだけ寝坊した。
昨日も羽織ったブランケットに身を包んでリビングに降り、消えた暖炉の火をつける。
今はこれだけ寒くても、昼にはきっと過ごしやすいくらいの気温になるだろう。窓の外には清々しい青空が広がっていた。
しかし、寒暖差が激しいと体調も崩れやすい。風邪予防にと、瑞希は昨日作っておいた鍋に生姜を足した。
鍋を火にかけたはいいけれど、きっとみんなが起きてくるのはもう少し先になるだろう。
待つ間に茶でも飲んでいようと湯を沸かしていると、意外にもルルが降りてきた。
「おはよう、ルル。今日は早いのね」
「ん、おはよ、ミズキ。誰かさんがちゃんと寝たか気になって、早く目が覚めちゃったのよ」
ふあ、とあくびを噛み殺しながらのルルの言葉に、瑞希は困ったような、けれど嬉しさを隠しきれない様子で微笑んだ。
ふよふよと眠気を表す飛び方のルルに、座っててと促し彼女のカップを用意する。淹れたばかりの紅茶に砂糖代わりのジンジャーシロップを加えて差し出すと、小さな手が温もりを求めるようにカップを包んだ。
「あったかぁい」
ふにゃりと蕩けるようにはにかんでカップに口を付けたルルに、瑞希は自分のカップを手に言った。
「朝ご飯もしっかり温かいものよ」
「さっすがミズキ! わかってるぅ!」
寒がりのルルには、今朝の冷えは辛いらしい。おだてるように囃し立てられて、瑞希もそれに乗るように胸を逸らした。
「でしょう? もっと褒めてくれてもいいのよ?
「よっ、できる女は違うわねっ!」
「もう一声!」
「たしかに、良妻賢母という言葉が相応しいな」
明らかに違う声音に、瑞希とルルは飛び上がった。
驚きのままに振り返れば、いつの間にか降りてきていたアーサーが微笑ましいものを見る目を自分たちに向けている。
「おはよう、二人とも。朝から元気そうで何よりだ」
何事もなかったかのように挨拶するアーサーに、瑞希は開いた口が塞がらなかった。上手く震えない喉で、なんとか「おはよう」の一言を絞り出す。
けれど、あの掛け合いを見られたと思うと、瑞希は恥ずかしくてアーサーの顔を見れなかった。
だというのに、ルルは何ということはないように平然として「おかえり」と返している。
この違いは何だろうかと思いながらもキッチンに入ると、何故かアーサーもついてきたものだから瑞希は意味もなく焦った。
「な、何? どうかした?」
「茶を淹れようと思ったんだが……邪魔になるか?」
「それくらい、私がするわよ」
そう言っても、忙しいだろう、と自分で湯を沸かし始めたアーサーに、瑞希は口をもご付かせながらも結局何も言えず、落ち着かない気持ちのままその隣に並んだ。
かき混ぜる鍋を、アーサーが横目に覗き見る。
「いつもより具が大きくないか?」
「ポトフだもの。一晩寝かせたから、きっと味が染みてるわよ」
「ああ、美味しそうだ」
まだ香りも立っていないのに、アーサーは味わうように目を細めた。
だが、喜ぶのはまだ早い。だって、メインはこれではないのだ。
(お楽しみはとっておくものよね)
アーサーの反応が楽しみだと、瑞希は内心で悪戯っぽく微笑んだ。




