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いじわる

 さくさくと草を踏みしめる音が耳に届く。

 そよぐ風の音や擦れあう梢の音。歌う虫の音の秋らしさはこの世界でも変わらない。つい先日まで夏の名残を残していたというのに、今では少し風が吹くたび寒さが身に染みた。


「だいぶ秋が深くなってきたのね。冬ももう近いのかしら」

「さすがにまだ早いだろう。だが夏が暑かったから、今年は暖冬かもしれないな」

「その方が有り難いわ。寒いのは苦手なのよ」

「知っている」


 応じながら、アーサーが吐息のような笑いを零す。笑い事じゃないのよ、と言うけれど、瑞希の口元も柔らかく綻んでいた。


「モチはもっと丸くなるだろうな」

「ルルが暖を取ることを考えると、ちょうどいいんじゃない?」


 瑞希よりも寒がりなルルは、昨年の冬にはひたすらモチに埋もれていた。それを思えば、暖冬の方が彼女たちには過ごしやすいだろう。

 そう零れた微笑を攫うように、一際強く冷たい風が吹く。

 堪らず体を縮こめた瑞希を庇うように、アーサーが自分の外套の中に引き入れた。

 アーサーの胸板に鼻がぶつかる。また酒の香りがした。


「さすがに夜は冷え込むな」


 アーサーの声が耳を掠める。

 外套一枚、寒さを凌ぐには頼りないその中で、瑞希は全身が燃えそうなほど熱くなった。

 だというのに、アーサーは寒さから守るように瑞希を抱く腕の力を強くする。

 善意からのことだとわかっていても、いや、わかっているからこそ質が悪いと思った。


「ア、アーサー、私なら大丈夫よ。だから……」

「そんなわけがあるか。今だって震えているのに」


 また、腕の力が強くなる。

 もう許して、と瑞希は悪いことをしたわけでもないのに懇願したくなった。

 寒さなど気にしている余裕はない。アーサーの腕から逃れようと藻掻けば藻掻くほど腕の力は増すばかりという悪循環。

 いつもは言わずとも察してくれるのにどうして今はわかってくれないのか。恨みがましい気持ちで見上げたアーサーは意地悪く口角を上げていて、瑞希はいっそ泣きたくなった。


「もうっ、酔っぱらい! アーサーったら、どれだけ飲んできたのよっ」


 ほとんど八つ当たりの苦言に、アーサーは口角を上げたまま「そんなには」と曖昧に濁した。はっきりと物を言う彼が具体数を言わないということは、少なからず飲みすぎた自覚があるということだ。

 照れ隠しと叱責の綯い交ぜになった目で見上げ続けると、アーサーは根負けしたように「六」と呟く。

 どんな酒を飲んだかは知らないが明らかに飲みすぎた答えに、瑞希はもう一度「酔っぱらい!」と強く言った。


「明日二日酔いって言っても、私は知りませんからね!」


 口先だけになると自覚しながらも、言うだけは許されるだろうと口にする。

 それはアーサーにもわかっているだろうに、彼は「すまない」と素直に詫びるものだから、これ以上むくれていられなくなった瑞希は途端にどうしていいのかわからなくなってしまった。

 何も言えない瑞希に、アーサーはわざとらしく眉を下げる。切なげな、縋るような眼差しを向けられて、瑞希は堪らず疼く胸を握り締めた。


「…………ばか」


 呟いた瑞希の精一杯の悪態は、しかし甘えるような響きがあった。

 すっかり抵抗をやめてアーサーに身を委ねると、背に回されていた腕が動く。後ろ髪を梳るように撫でられた。

 甘やかされているとわかる雰囲気が気恥ずかしい。


(もう……今が夜でよかったわ)


 もし明るい時間だったら、きっとリンゴのようになった自分の顔を見られてしまう。こういう時に限って冷たい風が吹いてくれないから、ままならないものだと内心で歯噛みした。


「もう風も収まったし、行きましょ。ずっとこうしてたら散歩にならないわ」

「そう、だな」


 名残惜しそうに目を細めて、アーサーが腕の力を緩める。それでも完全に体を離すつもりはないようで、瑞希の体は彼の外套に包まれたままだった。


「歩きにくくない?」

「まだ付き合ってほしいからな。すまないが、もう少しだけ我慢してくれないか?」


 あくまでも瑞希の意志を尊重する言い方だが、きっと答えを承知の上での問いかけだろう。それでも瑞希は、彼の予想した通りの答えを返した。


「もちろん」


 アーサーの口元が僅かに緩む。優しく細められた目元に、瑞希の顔にも自然と笑みが浮かんだ。

 ゆっくりと、月明かりを頼りに散策を再開する。

 ぐるりと辺りを一周してから戻った家は、風が入り込まないだけでも温かく感じられた。

 散歩の間に燃えてしまった薪を追加してから二階に上がると、アーサーはふと思い立ったように扉へ伸ばす手を止めた。


「一緒に寝るか?」


 蠱惑的な流し目に、瑞希は一瞬息を詰まらせる。同時に、頭の冷静な部分が「まだ酔っているのか」と呆れを抱いた。


「今夜は随分と冗談が多いのね。魅力的なお誘いだけど、遠慮しておくわ」


 瑞希は努めて冷静に返し、ベッドを借りるライラの部屋に入った。

 ぱたん、とドアが閉められる。


「……本気だったんだがな」


 アーサーは苦笑を零し、今度こそ自室に入っていった。

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