夜のお誘い
「ディックとのお酒はどうだったの?」
「……悪くはなかった」
少しの間をおいての答えは素直ではなかったが、アーサーなりの誉め言葉だと瑞希にはわかった。
ずいぶん歩み寄ったのに、何が彼らに意地を張らせるのだろう。
そこまでは瑞希にもわからなかったが、きっと二人の間では納得の上でのことなのだろうと、聞くことはしなかった。
やがてふわりと食欲をそそる香りが鼻腔を擽る。スープの白い水面から湯気が立ち上り始めていた。
スープが沸騰する前に鍋を下ろし、スープマグにたっぷりと注ぐ。
手渡すと、アーサーは冷ますのもそこそこに一口を丁寧に味わった。
「美味いな」
「でしょ。ルルが作ったのよ」
「着々と腕を上げていくな」
成長を喜ぶ言葉には、少しの羨望が滲んでいた。
紙鍋のスープなら彼も大分上達したのだが、その他はというと、まだ野菜が安全に切れるようになった段階。調理というには、まだ加減に慣れていないのだ。
「今度、スープ以外にも挑戦してみる?」
「…………考えておく」
たっぷりの間を開けて出した答えは前向きなようで、しかし渋い顔が本心を如実に表していた。
律儀な彼のことだから言葉の通り考えはするのだろうが、挑戦するのはきっと先の話になるだろう。
そう思いながらも、瑞希は苦笑を浮かべて気づかなかったふりをした。
やがてハンバーグも温まり、野菜を添えてテーブルへ。
アーサーが食べている間に双子が一人風呂に挑戦したことを話し聞かせると、ハンバーグに舌鼓を打っていた顔に感慨深げな色が加わった。
「子供の成長はあっという間だな」
「でも、まだ独り立ちはしないらしいわよ」
いつかも聞いた言葉にカイルが言っていたことを返すと、和らいでいた表情がいっそう柔らかさを増す。
そうして、夜食とするには大きなハンバーグも完食したアーサーは、珍しく背もたれに体を預けて、満足そうに深い一息を吐いた。
ハーブティーを差し出すと、飲んだ一口はさすがに少なかった。酒もつまみも食べた後なのだから当然だろう。
それでも、食べすぎたことに後悔はないらしい。
「美味しい料理は罪深いな」
あまりにも真剣な顔をして言うものだから、瑞希は堪らず噴き出した。
「アーサーは本当に子煩悩ね」
「……ミズキだって、他人のことは言えないだろう」
苦し紛れの切り替えしは、瑞希の笑い袋をさらに擽った。深夜でなければ大声で笑っていただろう。今はどうにか堪えているが、少しでも気を抜いてしまえば声が零れてしまいそうだった。
眠気も何もあったものではない。
それはアーサーも同じなのだろう。徐に立ち上がり、芝居がかった動作で瑞希に手を差し出した。
「夜の散歩、というのも乙だと思わないか?」
誘う彼の表情は、夜という時間のせいかひどく蠱惑的な色を帯びていた。
手を差し出したまま返事を待つ彼に、目を瞬かせた瑞希が照れくさそうに笑う。
「……それは、とっても素敵なお誘いね」
精一杯の虚勢を張っての応えを、彼はどう受け取ったのだろう。
伸ばし返した手が攫うように包まれて、瑞希は頬を火照らせながら、促されるまま立ち上がった。




