おかえり
風呂上がりに向かった寝室では、双子が鏡合わせにしたような体勢で丸まっていた。ルルはいつもモチの上で寝るのだが、今日はすでにぐっすり寝ているため、今日のベッドは瑞希の枕だ。
「じゃあ、お休み、ルル」
「ええ。ミズキは、あんまり無理しないでね」
徹夜はお肌の大敵よ、とませた口調で言い含めるルルに、瑞希は苦笑いで頷いた。
一人で降りたリビングはしんとしていて、暖炉が灯っているのにひんやりとしていた。それに、空気も乾燥しているように感じる。
(寒いしお湯を沸かして……ついでに朝ご飯の用意もしておこうかな)
あとは、ロバートのガーゼマスクを作って、冷え込みが厳しくなる前にハーブティーのストックも増やしておこう。
時間潰しのネタは探せば意外とあるもので、作業に勤しんでいるうちに時間も大分過ぎていく。集中力が途切れたらお茶を飲んで一息ついて、また作業にと手を動かした。
そのうちに、薪の爆ぜる音の中に、微かに別の音が混ざった。玄関からだ。
少しの間手を止めてドアを見つめていると、それが外側から開かれる。その隙間から、のっそりとアーサーが姿を現した。
「お帰りなさい」
声をかけると、アーサーは驚いた目を瑞希に向けた。
「まだ起きていたのか」
言葉は叱るようなものだが、表情はだいぶ柔らかい。酒のせいか普段よりわかりやすい表情の変化に、自然と瑞希の視線はアーサーの顔に向いた。
「仕事が終わらないのか?」
「ううん、時間潰しよ。帰りを待とうかな、って」
「先に寝ていいと言っただろう」
「あら、迷惑だった?」
答えを予想しながらも意地悪く聞くと、それに違わずアーサーは困ったように苦笑した。
「まさか」
瑞希は満足そうに微笑んだ。
「そうだ、ご飯は食べた?」
「ああ。ミズキは……聞くまでもないな」
アーサーはくつりと喉を鳴らし、瑞希の隣に腰掛けた。いつもは向かいの席に座るのに、これも酒のせいだろうか。近くなった彼からは、微かに酒独特のにおいがした。
(これだけ飲んだなら、おつまみもいっぱい食べたのかしら?)
さすがにすきっ腹で飲むことはディックが許さなかっただろう。面倒見のいい彼のことだから、強引にでも食べさせているはずだ。
それはとても有り難いことなのだけれど、瑞希は少し言い出し辛さを覚えてしまった。
「え、っと……アーサー、まだお腹に余裕ってある?」
「? なくはないが……何故?」
「夕飯ね、みんなでハンバーグを作ったのよ。アーサーの分も取ってあるんだけど」
「食べる」
即答だった。
言い終わるより先に投げられた答えに、思わず瑞希の口が止まる。
「頂く」
言葉を変えても意味は変わらない。瑞希は微笑を零しながら、アーサーの分を温めに席を立った。
すでに数度湯を沸かしに入っているからか、キッチンには仄かに熱が残っている。
「パンはどうする?」
「いや、いい。今日だけはパンは邪魔だ」
切れ長の目を力強く光らせたアーサーに、瑞希は笑いながらも明日の彼の反応が楽しみになった。
(忘れてなかったら、照れたアーサーが見れるのかしら)
見れたらいいな、とは、さすがに口には出さなかった。




