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伝えたい

 ライラも物語の途中でぐっすり眠ってしまった。二つ並んだ弟妹の寝顔に、ルルが羽毛のように柔らかな笑い声を忍ばせる。


「ふふふっ、あどけない寝顔って、きっとこういうのを言うのね」

「そうねぇ。いい夢見てそうだわ」


 瑞希の同意に応えるように、カイルがふにゃりと相好を崩す。静かな寝室に微かな笑い声が二つ響いた。

 だらしなく脂下がった顔を手で隠しながら、瑞希がゆっくり立ち上がる。ルルが目だけで追うと、着替えを取り出していた。


「あんまり遅くなる前に、私たちも入りましょうか」

「はいは~い」


 ルルはひらりと翅を動かして、瑞希の肩に乗った。


 忍び足で寝室を抜け出して、向かうのは地下にある風呂場だ。階段を下りるのにも足音に気を遣ったが、なんだかかくれんぼでもしているようで楽しかった。


 そして着いた風呂場は、二人だけということでいつもより広く物寂しさを感じさせたが、一方で懐かしいとも思ってしまう。

 それはルルも同じようで、小さな顔には困ったような苦笑が浮かんでいた。


 さっさと体の汚れを落として湯に浸かると、どちらからともなく深い息が零れ出る。溶けるように体の力が抜けた。


「二人だと、なんだか妙に静かねぇ」

「そりゃあ、いつもは三人だからね。話題に事欠かないもの」


 とはいえ、二人では話題に事欠くのかといえばそうでもない。次々と口を突いて出る話題は留まることを知らず、口を開くたびに互いの笑いを誘った。

 上がる話題は、昔話が多かった。もちろんライラに聞かせたような御伽噺ではなく、瑞希とルルが一緒に暮らすようになったばかりの頃の話だ。

 薬草を採集しては薬問屋に下ろしていた頃、瑞希は毎日クタクタの体を引きずるようにして湯に浸かっていた。


「あの頃は毎日ヒヤヒヤしてたのよ? いつ溺れるんじゃないかって、いつでも魔法を使えるように構えてたんだから」


「あはは、ご心配をおかけしました」


 わざとらしい謝罪に、笑い事じゃないのにとルルがじっとりとした目を向ける。けれどそれも長くは続かず、風呂場にはまた二人の笑い声が響いた。

 まだ一年しか経っていないのに、ずいぶんと長い時間を過ごした気がする。それだけの濃密な時間をみんなで共有しているのだと思うと、とても誇らしく思えた。


 浴槽の縁に腕を置いて、ぺったりと頬をくっつける。ライラの前では見せないだらしない体勢に、ルルはしばし逡巡し、それから思い切ったように足をばたつかせた。

 蹴られた水面から飛沫が上がる。子供らしい無邪気な顔で戯れるルルに、瑞希は悪戯心を刺激された。


「泳ぐの?」

「まさか、しないわよ。そこまで幼稚じゃないわ」


 そう言いながらもばた足を止めないのは、少なからず泳ぎたい気持ちがあるからだろう。堪らず噴き出した瑞希に、むくれたルルが湯をかけた。


「わっ、もう、私が悪かったわ。ごめんなさいっ」

「誠意が足りなーい!」

「申し訳ございませんでしたっ」


 いっそう激しくなった飛沫に、瑞希は強くなる笑いを自覚しながらも誠意を装って謝る。

「これくらいにしておいてあげるわ」とルルは満更でもない様子でばた足を止めた。

 けれど、笑い声は依然として止まらない。

 疲れを癒すための風呂なのに、明日は二人して腹筋の筋肉痛に悩まされそうだ。


「ミズキはこの後どうするの?」


 寝室には戻らないだろうとお見通しのルルに、そうねぇ、と瑞希は考える素振りを見せた。


「アーサーを待つわ。おかえりって、言いたいから」


 アーサーは先に寝ていいと言っていたけれど、「おかえり」があるのとないのとでは全然違うと思うから。

 そう言葉を大切に紡ぐ瑞希の横顔は、自分や双子に向けるものに似ているようでまったく違う。少なくともルルにはそう見えた。


(こういう顔をさせられるのは、アーサーだから、なのかしら)


 一緒に暮らして、互いに想い合っていると傍目にもわかるのに変わらなかった二人。でもきっと、ちゃんと変わっていたのだろう。

 だって今の瑞希は、去年はしなかった甘酸っぱい表情をしている。家族愛とも親愛とも違う、特別な顔を。


「……アーサーは、幸せ者ね」

「そう、かしら?」

「幸せに決まってるわ」


 言い切るルルに、そうだといいなと瑞希がゆるく微笑んだ。

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