優しい時間
モチを抱き枕にして、カイルはすっかり夢の世界に旅立った。ブラッシングされたばかりのもふもふは、きっとさぞかし気持ちいいことだろう。カイルは頬を擦り付けるようにモチに顔を埋もれさせていた。
二人の頭を撫でながら、瑞希は風呂場への階段に目を向ける。
膝枕をして動けない瑞希の代わりに、ルルがライラの様子を確認しに行ってくれていた。
(そろそろかしら)
動き出したライラの歌声は、一人風呂が終わった証拠だ。瑞希はようやく人心地ついた。
ルルはまだ戻ってきていないから、二人で戻ってくるのだろう。
その予想通り、タオルを頭に巻いたライラが、ひょっこりとリビングに顔を出した。肩にはルルが乗って、ご機嫌で手を振っている。
「おかえり、二人とも。お疲れ様」
声量に気を付けて声をかけると、ライラが恥じらうようにはにかんだ。
おいで、と手招きすると、とたとたと暖炉の前にやってくる。そのうちにカイルが寝ていることに気が付くと、ライラはもともと静かな足音にいっそうの気を配った。
「カイル、ぐっすりだね」
「たくさん頑張ったから、疲れちゃったのよ」
一人ずつ入ったことで夜もいい時間になっているし、夜更かししてしまうよりはずっといい。お風呂から上がったばかりだからかまだ眠気の来ないライラは、ふと視線を空のマグカップに向けた。
「ホットミルクを飲んでたの。ライラも飲む?」
甘くて美味しいわよ、とカイルにもしたように誘うと、ライラは一も二もなく頷いた。
それに優しい笑みで応えて、起こさないように細心の注意を払ってカイルの頭を持ち上げる。頭の下にタオルを敷いて、そっと立ち上がった。
「すぐだから、ちょっと待っててね」
そう言い置いてキッチンに向かった瑞希の背を見送って、手持ち無沙汰のライラは何をするでもなく、眠り続けるカイルに視線を落とした。
こうなったらもう朝まで起きないと、ライラが一番よく知っている。
その通りちっとも起きる気配なく、カイルはごろんと大きく寝返りを打ってブランケットを蹴飛ばした。
自分で剥がしたくせに、カイルは暖を求めて手を彷徨わせる。
「…………」
ばさり。ブランケットをかけ直してあげると、むずがっていた顔が途端に和らいだ。
双子なのに、自分よりよっぽどしっかり者の片割れが、今だけは子供っぽく見える。
それが、当たり前のことなのに少し意外だった。
どれだけカイルの寝顔を見つめていたのか、瑞希がマグカップを持ってキッチンに戻ってくる。大の字になって寝ているカイルに、あらあらと優しい笑みを向けていた。
「お待たせ。まだ熱いから気を付けてね」
「はぁい」
応えるや否や念入りに息を吹きかけるライラにも、瑞希の笑顔が向けられた。
「飲んだらベッドに行こうね」
「ママたちのお風呂は?」
「二人が寝てからにするわ。きっとライラも直に眠くなるだろうから」
確信を持った瑞希の言葉を、そうなのかとライラは実感の湧かない様子で聞いていた。
ふうふうと、しっかり冷ましたホットミルクに口を付ける。普段飲んでいる牛乳より甘いそれに、ほっと体の力が抜けた。お腹の中から温まっていく感覚が心地よかった。
やがてマグカップが空になると、「よいしょ…っ」と瑞希がカイルを抱き上げた。言っていた通り、ベッドに行くのだろう。
ライラはモチを抱えて、瑞希の後をついて階段を上がった。
階段を上がってすぐ、一番手前の部屋が寝室だ。
部屋の大部分を占めるベッドの中央にカイルを寝かせた瑞希は、店を閉めた後のような、やりきった顔をしていた。
「カイルも大分重くなったわねぇ。もうそろそろ抱っこできなくなりそう」
「あら、じゃあアーサーが抱っこ権を独占しちゃうのね」
「かもねぇ。残念だけど、こればっかりは仕方がないわ」
残念と言いながらも、瑞希の表情はとても嬉しそうだった。
モチをカイルとの間に置いて、ライラもベッドに上がる。温まったからか、横になった途端に頭の中がふわりと揺らいだ。目蓋が重くなるけれど、でも、まだ寝たくない。
「……もう、行っちゃうの?」
控えめに尋ねた声には寂しげな色が滲んでいた。
瑞希はベッドの端に腰を下ろして、優しい手つきでライラを撫でた。
「言ったでしょ、二人が寝てから。まだいるわ」
ライラの表情が安堵に和らいだ。
うとうとと、少しずつ目蓋が下りてくる。
「ママ、お話して」
「いいわよ。じゃあ、私の故郷のお話にしようかな」
昔、昔のお話です。
子守唄を歌うように優しく紡がれる物語を聞きながら、ライラはゆっくりと目を閉じた。




