お風呂上がりに
風呂から上がったカイルに白湯を渡し、交代でライラが風呂へと向かう。ライラへの付き添いはルルにお願いした。
カイルはしっかり温まってきたようで、頬を桃色に染めていた。泡の流し残しもなく、パジャマのボタンも正しくかけられている。けれど髪はまだ拭ききれておらず、毛先からぽたぽたと滴る雫が襟元を濡らしていた。
タオルをカイルの頭にかけると、きょとんとした顔が瑞希を見る。上を向いた拍子に水滴が顔にかかって、カイルは血色のいい頬を焼いた餅のように膨らませた。
「……ちゃんと拭いたのに」
「わかってるわよ。じゃなかったら、今頃びしょ濡れだもの」
初めての一人風呂でこれなら、きっと上出来だろう。
お疲れ様、と労わりを込めて、頭をマッサージするように指の腹を使って揉むように髪を拭いてやる。
気持ちいいのか、カイルは微睡むように目を細めた。
「お風呂はどうだった?」
「んー、普通? 困ったりはしなかったよ。父さんのお話聞けないのは残念だけど」
勝気な笑みで言うカイルに、すごいねと瑞希が微笑する。生意気になりきれていない所がまた可愛らしかった。
頭の上でそんなことを思われているとは知らないカイルは時折白湯を飲みながら、そういえばと少し顔を上に向けた。
「うちのお風呂って、やっぱり広いんだね」
「まぁ、温泉だからね。なぁに、もしかして泳いできたの?」
揶揄うように血色の良い頬を突いてやると、カイルは心外だと唇を尖らせる。
「しないよっ、そんなこと! それに、広くてもさすがに泳げないっ」
「あら、そう? 泳げそうだと思ったんだけど」
「母さんっ!」
大きくなった声に、瑞希はごめんねと謝るけれど、笑顔はどうしても隠せない。
それが伝わってしまっているのか、カイルは一息に白湯を飲み干した後もしばらく口を尖らせ続けていた。
しばらくの間、タオルが動く音だけがリビングに響く。タオルは大分水気を吸って重みを増していた。
そろそろ大丈夫だろうかと拭く手を止め、少し乱れてしまった金髪を梳るように撫でると、拗ね気味だったカイルの表情が少しだけ緩む。
「おかわりはいる?」
「ううん、大丈夫。あ、でも……」
不自然に言葉を途切れさせたカイルが、眉を八の字にして瑞希を見上げた。
どうやらおねだりがあるらしい。
きっと、今の自分は締まりのない顔をしているのだろう。自覚しながらも、遠慮がちな上目遣いに庇護欲を擽られて、瑞希は任せなさいと胸を叩いた。
「なぁに? 今日は頑張ったから、私にできることなら聞いちゃうわよ」
甘やかす気満々の優しい微笑を浮かべると、カイルはぱっと顔を輝かせ、もじもじと恥ずかしそうに口を開いた。
「あのね、その……牛乳、飲みたいなって」
「牛乳?」
「えっと、ほら、骨にいいっていうし! あと、ほら、えっと……」
瑞希は予想外のおねだりに数度瞬いたが、弁明を試みるカイルの必死な様子に本当の理由を察して微笑ましい気持ちになった。
それは、瑞希にも身に覚えのある行動だった。
「夜は冷えるから、ホットミルクにしようか」
蜂蜜を入れると甘くて美味しいのよ、と朗らかな笑みを浮かべて言えば、カイルは嬉しそうに頬を上気させた。ぎゅっと握られた小さな拳は期待の証だろう。
自分にはあまり効果はなかったけれど、少しでも願いが叶いますようにと、瑞希は笑顔の下で優しく願った。
「じゃあ、作ってくるから、湯冷めする前に暖炉の前に行くのよ」
「はーいっ」
素直に良い子のお返事をするカイルに、瑞希はころりと一笑してキッチンに入った。




