変わる印象
「みんな元気そうで安心したよ」
機嫌よくグラスを傾けるディックに、アーサーは神妙な顔で相槌を打った。
「ミズキが風邪予防の新商品を売り出したからな。そのおかげだろう」
何の衒いもなく言い切るその顔は、目に見えて微笑んでいた。
そういう意味ではないのだけれど、言うに言い出せないディックは困り顔に苦笑を浮かべて頬を掻く。
打ち解ける前、それこそ会ったばかりの頃なら本気かわざとかと判断しかねただろうが、今ならこれが彼の素なのだと理解できる。
(アーサーって、意外と天然だったんだなぁ)
甘いもの好きと知った時も思ったが、人は見かけによらないとはよく言ったものだ。知るたびに驚くけれど、悪い気はしない。
そう思えるのも、彼が言っていた通り余裕ができた証拠なのだろうか。
話題は他にもあるはずなのに、酒の力かミズキの話ばかりが口を突く。しかし惚気というよりは近況報告ばかりで、ディックは不思議でならなかった。
諦めないとは言ったが、二人が互いに好き合っていることは重々承知している。その上で一緒に暮らしているのに、惚気の一つも零さないというのはどういうことだろう。
「……なあ。アーサーは、ミズキのどこに惹かれたの?」
グラスを傾けながら、興味本位という体を装って尋ねてみると、饒舌だったアーサーの言葉が不自然に途絶えた。
よもやと怒り交じりに視線を投げると、アーサーは顔どころか耳まで真っ赤に染め上げていた。どう考えても、酒のせいではない。
意外な反応に拍子抜けしたディックは、口角が上がっていくのを自覚した。
「もう、この顔が見れただけでも今日飲みに来て正解だったって思うよね」
変な心配をしたと、ディックは内心で胸を撫で下ろした。
アーサーは責めるように睨んでくるけれど、赤面され目も潤んでいては迫力などあるはずもない。むしろ悪戯心と好奇心を煽られた。
今度は意図的ににんまりとした笑みを浮かべて、「どうなのさ」と答えをせがむ。いつもは怯むアーサーの凄みも、今はディックを調子に乗らせる一助にしかならなかった。
「喧しい。だいたい、そういうお前はどうなんだ」
「オレ? ん~……ヒ・ミ・ツ」
オレとミズキだけの秘密なのさ、とおちゃらかされて、アーサーは赤い顔で憮然とした表情を作った。
「なら、俺も言う義理はないな」
「えー? いいじゃん、言っちまえよ。ほら、ミズキへの予行練習だと思ってさ」
「ミズキにはもう言ってあ…………あ」
ほとんど言ってしまってから、アーサーが口を押さえて固まった。顔の赤みが、とうとう首にまで範囲を広げる。
思いもよらない形で聞いてしまった告白に、ディックは机に突っ伏して大声で笑った。
少ない周囲の視線が一身に向けられる。後ろ頭にアーサーの叱責が飛んできたけれど、どれも些末なことで、ディックは息継ぎする間もないほど笑い続けた。
この冷血漢も惚れた女の前では形無しなのだと思うと、それだけで堪らない。
一向に笑いの収まる気配がないディックに、アーサーは諦めたように溜息を吐いた。もうどうにでもなってしまえ、と自棄になって一息にウイスキーを飲み干す。
一度冷めてしまった酔いはまだ戻ってきてはくれず、もう一杯と通りがかりの店員に空いたグラスを押し付けた。
ディックは依然として机に突っ伏したまま、肩を揺らしている。
声を収めただけでも上々だと思うことにして、アーサーは届けられたウイスキーをまた勢いよく呷った。
だから、彼は知らない。
俯き続けるディックが、とても優しい――けれど、寂しそうな顔をしていたことを。




