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「じゃあカイル、私はそろそろ上に戻るわね」

「お風呂上がりには、アタシ特製の美味しいフルーツジュースを用意しておくわ!」


 瑞希の後にルルの声が続く。カイルはぱっと顔を輝かせた。ルルのフルーツジュースは、カイルの好物の一つだ。目に見えてわかりやすいやる気の上昇に、瑞希は小さく苦笑いを零した。


「急ぎ過ぎないようにね?」

「わっ、わかってるよ!」


 ジュースはご褒美! と自ら言い切るカイルに、そうそうと相槌を打って、瑞希は出入り口に足を向けた。

 しかしその途中、扉を潜座ったふる前にふと足を止め、カイルの方に振り返る。


「ねえカイル、お風呂に入ってる間歌を歌ってくれない?」

「歌? 何の?」

「豊穣祭の歌。私まだ覚えてないのよ。あ、ルルは知ってる?」

「ううん、知らない」

「じゃあちょうどいいわね。一緒に覚えましょ」


 とんとん拍子で話を進めていく母と姉に、カイルは狼狽えた。歌が下手ではないと思うけれど、そんなにはっきりと聞きます宣言をされては歌いにくい。


「……じゃあ、ライラも歌ってよ」

「? なんで?」

「いーからっ、ライラも歌うの!」


 恥ずかしさから語気を強めるカイルに、ライラは不思議そうにしながらものんびり「いいよ」と返した。

 それを確認して、瑞希は今度こそ出入り口のドアを潜った。


「じゃあカイル、お願いね」

「…………はぁーい」


 少しの間はせめてもの抵抗か。いかにもきのりしていない了承に、瑞希は微かに苦笑して一階への階段を上った。

 まもなく、小さな、本当に小さな声が、恥ずかしそうに歌を紡ぎ出す。少しの間を置いて、上からも柔らかな歌声が聞こえてきた。

 普段とは真逆の性格をした歌声が、前に一度だけ聞いた豊穣祭の歌と同じフレーズを辿る。

 この歌声が聞こえている間は、カイルが何事もなくお風呂に入れている証拠だ。瑞希は足取り軽く階段を上がった。

 古めかしい言い回しの歌詞と、数度聞けば耳に馴染みそうな簡素な曲調。

 瑞希が階段を上りきると、ちょうどそれが余韻を残して静かに絶えた。

 数秒後、ライラが先導するように最初から歌い出す。少し遅れて、カイルもまた歌い出した。

 子供特有の高くも柔らかな歌声を聴きながら、瑞希がリビングに戻る。

 リビングでは、ルルがモチの背に乗りながら歌に合わせて体を揺らしていた。


(お、ぼ、え、て、も。い、わ、な、い、で、ね)


 唇の形だけで伝えると、それを読みとったルルは勿論だと満面の笑みを浮かべて頷いてくれた。

 狙いはきっと違うのだろうけれど、意図が伝われば問題はない。

 よろしくね、とまた声に出さずにお願いして、瑞希はキッチンで歌うライラの許へ向かった。

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