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約束

 「まったく、ライラたちに冷たい目で見られたらどうしてくれるのさ」

 「腹の底から笑ってお前から子供たちを引き離すに決まっているだろう」

 「あんた本っ当にいい根性してるよね!」


 この親馬鹿! と吠えるけれど、しかしアーサーには何処吹く風。寧ろ誉め言葉とさえ思っていそうな余裕綽々たる表情に、ディックは疲れたと肩を落としてサービスティーを傾けた。 

 叫んだことで喉の渇きが増したのだろう。空になったコップを名残惜しげに見下ろしているのでおかわりを差し出すと、少し掠れた声で礼を言われた。


 「アーサーが親馬鹿だなんて、夏で嫌というほど見知ったでしょうに」


 何のためにわざわざウチで働きまでしたの? と言わんばかりの目で見下ろすルルに、瑞希は心中だけでディックに同情した。

 人間そう簡単に変わらないとはいうが、立ち位置もその例に漏れないらしい。

 ディックにルルが見えていないことを、良かったと初めて思った。見えていたら見えていたで、きっと愉快なことになるだけなのだろうけれど。


 さて、ディックはこの後もいくつかの商店に要請書を届けて、明日にはまた街を発って国軍の部隊と合流するそうだ。そのため、今夜は久しぶりに実家に帰るという。

 ダートンのぶつくさ言いながらも嬉しそうに頰を緩める姿が目に浮かぶようだと瑞希が思っていると、不意にディックがアーサーに水を向けた。


 「あ、そうだ。アーサー、今晩出てこれる?」

 「問題無いが……何故?」

 「あんたには、大分世話になったしさ。酒、奢らせてよ」


 ディックが照れ臭そうに頰を掻く。その気持ちに悪い気はせず、アーサーは確認するように瑞希を見遣った。

 瑞希は言うまでもないと鷹揚な笑みで頷いて応える。


 「なら、今晩」


 少しだけ照れた声でアーサーが了承した。ディックがにっかりと笑ったことを確認して、もう用は済んだとばかりに踵を返す。

 しかしその足取りが先ほどまでより幾分か軽くなっていることに気がついて、瑞希は微笑ましさに目元を和ませた。


 双子は彼によく懐いていた分話したいことがたくさんあるようで、ディックの側から離れる気配がない。瑞希は「夢中にはならないでね」と釘を刺してからカウンターに爪先を向けた。

 その入れ違いに、ディックの周りには観衆と化していた客たちの輪ができた。久しぶりの顔合わせは彼らも同じなのだ。


 軍はどうだ、調子はどうだと四方八方から話しかけられて、ディックが困惑しながらも笑っている。すると、大好きな兄貴分を取られまいと双子が左右から力いっぱい抱きついて、さらに彼を困惑させていた。

 弟妹分を慈しむように、ディックの手が金髪を梳るように優しく撫でる。気持ちよさそうに目を細めた双子に笑顔を返してからようやく、話せることを選んで顔馴染みの大人たちに答えていった。


 人好きのする人柄だからあまり心配はしていなかったが、その通り上手くやれているらしい。訓練がきつい、同期が凄い、と言いながらも、ディックは笑顔を絶やさなかった。

 彼が主に話すのは休日や休憩中などの他愛ないことばかりだが、充実した時間を過ごせているようだ。

 カウンターにまで聞こえてくる会話に自然と笑みを深くしながら、瑞希は疎らにやってくる客たちの対応に勤しむのだった。

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