日程
《フェアリー・ファーマシー》には、今日も多くの客たちが訪れていた。いつも楽しそうな様子で来てくれる彼らだが、今日はいつにも増して笑みが深い。浮かれていると言っても過言ではないほどだった。
別に、新商品の販売や告知をしたわけではない。ガーゼマスクは確かに便利だけれども、手間がかかりすぎて商品には不向きだったからだ。
だから余計に、彼らの上機嫌の理由がわからない。
「みなさん、今日は随分とご機嫌ですね。何か良いことでもあったんですか?」
「ああ、豊穣祭の日程が決まったんだよ」
歌うような口振りで教えてくれたその客にいつなのかと聞いてみると、どうやら二週間後らしい。
早いのか遅いのか瑞希には判別つかなかったが、それ以上言われなかったので、そういうものなのかとそのまま飲み込むことにした。
しかし、話はそれで終わらない。そういえば、と思い出したように言葉を継がれた。
「今度、新兵が訓練に来るよ。国軍かどっかの領兵かは知らないけどね」
「? 国軍はともかく、他の領の領兵がわざわざ来るんですか?」
「おー。なんか親善が云々とかで、交流演習とかもやるらしいよ。んで、その打ち上げに豊穣祭に参加するんだ」
「へえ……」
まるで部活動の練習試合だ。
どこか他人事のように返事した瑞希に、「へえ、じゃないでしょ」と客が笑った。
「わかってますよ。しっかり前準備しておきます」
「そうそう。ってことで、ちょいとばかし……」
「それとこれとは話が別です」
にっこりと笑顔で切り捨てた瑞希に、客は「だよなぁ」と欠片も落ち込んでいない声で笑った。そしてきっちりいつも通りの代金を支払い、まだ笑いの冷めやらぬ様子でカウンターを後にする。
少し手の空いたこの隙に、焼きドーナッツの個数を確認した。売れ方に大きな偏りはないが、今日の客たちは財布の紐が緩んでいるらしく、いつもよりも減りが早い。
サービスティーはどうかと出入り口の方に目を向ければ、あちらも残り少なくなってきたようで、おかわりを取りにこちらに向かっていた。周囲の雰囲気に感化されたのかふわふわの綿菓子のような笑みを浮かべていたライラは、目が合うとその笑顔をいっそう輝かせる。
それだけで幸せな気分になるものだから、現金だと笑えてもきた。
「ママっ、豊穣祭の日、決まったんだって!」
弾んだ声で言ってくるライラに、瑞希も自然と笑顔を浮かべて相槌を打つ。元々温和だった周囲の空気が温度を増した気がした。
たしか双子のお楽しみは、『茶色いバターの食べ物』だったか。
瑞希が真っ先に思い浮かべたのはフレンチトーストやシナモンシュガートーストだったのだが、双子曰く『ちょっと似てるかもしれないけど全然別物』らしい。いったいどんなものなのかと一等興味を惹かれていた。
「ライラたちのお楽しみは何の日なの?」
「お米の日! でもね、どの日も美味しいから、全部楽しみなの」
少しの恥じらいを見せて答えるライラは、太っちゃうかなぁ、と気にしているようだった。
瑞希にしてみればまだ食が細く、むしろもっと食べてほしいとすら思っているのだが、親の心子知らずとはよく言ったもの。思春期ならさもありなん、と余計なことは心中に留めた。
(もし作れそうなら挑戦してみようかしら)
お米を仕入れるのは多少手間がかかるかもしれないが、手に入るなら是非主食に取り入れたい。米とバターが合うのかは試したことがないのでわからないが、それはそれ。たまには米飯が食べたいのだ。
今度穀物店の人に相談してみよう、と頭の片隅に書き留めた。




