網と布
実は瑞希には、ロバートとの話し合いの時に口に出さなかった考えがある。季節の変わり目や薬への耐性ももちろん可能性としてあり得ると思っているが、それらよりも大きな影響として、花粉が関係あるのではと考えていた。
瑞希自身は、幸いにしてあまり花粉症に悩まされたことはない。しかしかつての生徒の中には、ロバートと同じような症状で苦しむ生徒がいた。病院で薬を処方してもらい、なんとか日常生活を送っていたその生徒は、あまりにも花粉が多い時には熱まで出ると言っていたのを覚えている。
ロバートもかつての生徒と同じでは、と睨みながらも、医者ではない瑞希には絶対にそうだとは言い切れない。けれど、まったく無関係だとは思えなかった。
植物をどうにかするのは、現実的に無理がある。それよりはロバートの抵抗力なり免疫力なりを上げることに努める方が遥かに建設的だろう。
そうは思えど、いまだに解決の糸口を掴めそうにないから、瑞希はまた胸が重くなった。あの生徒は、花粉対策に何をしていると言っていたのだったか。
少しでも手掛かりを求めて記憶を掘り返そうとするけれど、思い出すのは生活態度や学業に関する事柄が多く、肝心の花粉症に対しての情報が出てこない。確かに聞いたということは思い出せても、その具体的な内容は思い出せなかった。
(ちゃんと聞いてたつもりだったんだけど……つもりでしかなかったってことかしら)
下を向きだした思考を振り払うように緩く頭を振る。揺れた髪がぱさぱさと瑞希の頬を刺激した。
考えても埒は明かず、頭の中を切り替えようと立ち上がる。時計を見れば悩みだしてから思いの外時間が経っているから、気分転換にはちょうどいいだろう。
「ご飯、何か食べたいものはある?」
「んー……温かいもの?」
なんか肌寒い、と訴えるルルは、植物から生まれているからか気候の変動には敏感だ。明日は一気に冷え込むのかもしれないと思いながら、ふと思い立って聞いてみた。
「ねぇ、ルル。花粉から逃れようと思った時、ルルならどうする?」
「はぁ? そんなこと、思ったこともないわよ」
「それは、そうだろうけど。もしもの話よ」
ね? と言い募ると、ルルは怪訝な顔をしながらも思案する素振りを見せた。花粉ねぇ……、と呟く言葉に反応して、聞き耳を立てていた双子も同じように頭を捻る。
「ルル姉の魔法でなんとかならない?」
「ちょっと……ううん、かなり厳しいわね。成長の手助けをする魔法は知ってるけど、妨げようって発想した妖精がそもそもいるのかどうか……」
「虫さん除けみたいに網を被せちゃうのは?」
そう言って、小さな指が薬草畑の方を指差した。自家栽培している薬草の一部は、虫害に遭わないようにと目の細かい網を被せている。同じように他の植物にも網を被せてはどうかというのがライラの提案だった。
「花粉除けの網かぁ……それなら何とかなる?」
「花粉の方が小さいから、被せるなら布の方が良いわね。でも、そんなにたくさんの布なんて、集めるだけで大変そう」
森で生まれ育ったからこそ植物の多さを熟知しているルルに、否と唱えたのは瑞希だった。
「布、そんなにいらないわ」
どこか夢見心地な様子で呟いた瑞希に、子供たちの目が集まる。瑞希の目は驚きのまま丸く、しかし口元は喜ぶように緩く弧を描いた、不思議な表情をしていた。
「手立てが浮かんだのか?」
「ええ。売り物にはできないけど、手っ取り早そうな方法が、ね」
答えた瑞希の顔には。勝利を確信したような晴れやかな微笑が浮かんでいた。




