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夜明け前

 瑞希の朝は早いのだが、今日はそれよりもさらに早く起きた。星月さえまだ明るい時間だというのに、一人人目を忍んでキッチンに立っている。もちろん、料理をするために。


 正直を言えば昨日の夜に作っておきたかったのだが、話したり考え込んだりとしているうちに、作るには遅すぎる時間になってしまっていたのだ。

 とはいえ、時間がかかったのは考え事の方だ。

 美味しく健康、美味しくダイエットをテーマにした、《フェアリー・ファーマシー》の新商品。なかなか具体案が思い浮かばなかったそれが、寝る前になってようやくまとまった。

 いま瑞希が作っているのは、その試作品の一つだった。


 新商品は、販売開始前に情報の共有も兼ねて必ず全員が一度は試せるようにしている。

 今回作る物は食べ物だから昼食や夕食を作るついでに作っても良かったのだが、それでも敢えてこの夜明け前に作ることにしたのは、ちょっとした悪戯心が故だった。

 手伝ってもらって一緒に物を作るのももちろん楽しいのだけれど、驚かせるのもきっと楽しいだろう。

 そんな子供じみた思いつきが瑞希を突き動かしていた。


 まずは薄くスライスした生姜の下茹で。数分煮たらザルにあけて、煮汁は捨てずにマグカップに移す。生姜はフライパンに戻して、今度は砂糖のみを加えて火にかけた。

 生姜に残った水分と高い温度に触れて、じわじわと砂糖が溶けていく。それとともに、生姜のスパイシーな香りの中に甘い砂糖の香りが混ざり出した。

 灰汁が出てきたら丁寧に取り除き、焦げないように火加減を調節しながらじっくりと煮詰めていく。さして多くなかったはずの砂糖水は、ぶくぶくと大きな泡を立てて生姜を覆い隠した。

 焦げないように木べらで軽く混ぜるたび、立ち上る香りが強くなる。その片手間に先ほど移しておいた煮汁ーー生姜湯に花の蜜を加えて一口啜った。


 「ん〜っ、温まる〜っ」


 これよ、これ! 瑞希は絶賛した。

 火を扱っているとはいえ、やはり日のない時間帯は空気が冷たい。一口飲んだだけの生姜湯は、瑞希を内側からじんわりと温めてくれた。

 木べらで生姜を動かしては、またマグカップを傾ける。

 それを何度となく繰り返して、生姜湯を飲み干す頃にはフライパンの水気も大分減り、底が見えるくらいになっていた。

 フライパンを火から下ろし、汁から生姜だけを掬い上げてトレーに並べる。くっつかないように出来るだけ離して粗熱をとると、冷えて再結晶化した砂糖が白っぽく生姜を飾った。

 フライパンに残した汁は、程よく冷めていて、漏斗を使って保存用の瓶に移し替える。今日は使わないけれど、これもまた良い使い道があるのだ。


 これで作業は概ね終了だが、まだ完成したわけではない。このまま食べても美味しいけれど、今回は食べ応えを追求して、からからになるまで乾燥させることにしたのだ。


 トレーに埃除けの布巾を被せて、子供たちの目に触れなさそうなところに置く。この頃は空気が乾燥しているから、丸一日もあれば十分だろう。

 それから寒さを覚悟して、窓という窓を全開にした。ヒュルリと吹き抜ける風は冷たく、温かな空気とともに生姜と砂糖の香りを攫っていく。

 ふるりと身震いしたのは数秒だけだった。生姜湯の効果か、鳥肌が立つほどの寒気ではなかった。水はさすがに冷たいけれど、痛みを感じるほどでもない。

 空気が入れ替わるまでの間、瑞希は朝食の献立を考えながら今までに使った道具を洗ったのだった。

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