双子の記憶
イリスティアと言われて瑞希が連想するのは文通相手のサイレンと、その婚約者のシドだった。シドにはイリスティアで店を出さないかと誘われたこともある。
確かに人当たりは良いのだろうが、と思っていたところに、アーサーが苦笑混じりに言った。
「あれで、相当な手腕の持ち主だぞ。シド殿が参入してからの経済発展は目を瞠るものがある」
外に出すだけでなく、引き入れもする。彼が見初めたというだけでイリスティア全土の注目が集まるといっても過言ではないほどの影響力を持ち、物事の段取りの整え方はもちろん、万が一仕損じても国益に損害を与えない見極め方は辣腕家と称するに相応しい。
彼が玉座に着く日を心待ちにする声が今から上がっているほどというところからも、彼の実力や人望を十二分に推し量ることができるだろう。
「あの人、そんなにすごい人だったの?」
信じらんない、とルルが呟く。
アーサーの口から語られる知らなかったシドの姿に、開いた口が塞がらないというか、まるで別人の話を聞いているような心地さえしていた。
けれど、瑞希にしてみれば、言われてみればその通りかもしれないという思いもあった。人当たりは良いけれど、ひたりと静かに見極めようとしてくるあの目は忘れようにも忘れられない。
複雑な心中を抱く瑞希は露知らず、カイルとライラは「へぇ」と話半分に聞き流して、関心を専ら豊穣祭に向けていた。
「今年もあれ、出るかなぁ? 茶色いバターのやつ!」
「ああ、あれかぁ。でも、食べ過ぎないように気をつけなきゃ。三つ四つぺろっと食べちゃうから」
「美味しいもんねぇ」
ふにゃふにゃの笑顔で同意を示すライラに、カイルも満更でもない顔をして頷き返す。美味しいものと聞いてルルが黙っているはずはなく、彼女はぱっと瑞希の許から飛び立ち、二人の話に飛び行った。
「ねぇねぇ、美味しいものって何?」
甘いもの? と好奇心に満ちた目を向けてくる小さな姉に、双子はうん! とはっきり肯定した。それから、身振り手振りまで使って説明しようと尽力する。
まだ語彙が少ないため言葉だけでは説明ができないが故のことだが、その一生懸命さにルルは嬉しそうに表情を柔らかく綻ばせ、拙い言葉の数々にうんうんと幾度となく相槌を打って応えた。
「いろんなのがあってね、ママのご飯に負けないくらい美味しいの!」
「お腹いっぱい食べてもいいんだよ!」
「わぁ、楽しみ! ね、ね、分け合いっこしてね。いろんな料理が食べたいの!」
「もちろん!」
にこにこと笑う双子の顔に翳りはない。だからルルも屈託のない笑顔を浮かべる。
瑞希とアーサーは一瞬だけ目の色を濃くしたが、ゆるりと腕を伸ばしてライラとカイルの頭を撫でた。肉もついて肌理も滑らかになった頰を手の甲で押すように撫でてやると、柔らかな弾力と擽ったそうな笑い声が返ってくる。
「楽しみね」
「うん!」
元気いっぱいに答える子供たちに、アーサーと瑞希は優しい眼差しと笑顔を向けた。




