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豊穣祭


 「秋と言ったら、もうそろそろ豊穣祭の時期ですけど……」

 「豊穣祭?」


 少しの間を開けて出された回答を思わず鸚鵡返しする。また祭りかと言いかけたところをぐっと堪えたつもりだったが、けれどその心中はオーウェンにあっさりと見破られて、違う違うと手を左右に振られた。

 どうやら祭りと言っても瑞希が想像したものではなく、豊作祈願の方らしい。

 なるほどと胸を撫で下ろした瑞希に、オーウェンがからりと笑った。


 「この国、何かにつけてお祭り騒ぎしますからね」


 外から来た人はみんな驚く、と気遣うような言葉に、瑞希は確かにと遠慮なく同意した。

 今回の豊穣祭で主軸となって動くのは、農業を営む者や、実りを神からの恵みと捉える聖職者らしい。まめな人だと飲食店関係者で何かしら活動する人もいるそうだが、大概の人は教会で行われるミサに参加するのみだそうだ。


 「じゃあ、本当に見てるだけなんですね」

 「強いて言うなら、普段は食べられない特別なメシが食べられるっすよ」


 美食の秋。鍛冶師は体が資本だから、それも道理だろう。その特別な料理とやらを思い出したのか、オーウェンがごくりと喉を鳴らす。にへりと緩んだ表情がその顔立ちを幼げに見せた。

 新米ならぬ新麦だからか、食べなれたパンも一段と美味しく感じるのだと恍惚とした表情と声音で語られて、美味しい物、人間の作った物が大好きなルルがつられるように顔を蕩かせる。食べたぁい、と甘えるような声が瑞希の耳に届いた。

 瑞希としては、もちろん行くのは構わない。去年の今頃はそれどころではなかったから、今年はという気持ちもあった。


 「そのミサって、もう日取りは決まってるんですか?」

 「オレはまだ聞いてないっすね。でも毎年五日間やるんで、そのうちのどれかには参加できるんじゃないかなぁ」

 「あら、結構長いんですね」

 「東のイリスティアに『五穀豊穣』って言葉があるらしいんですけど、それにあやかってるらしいっすよ」


 一日に一穀ずつ祈願して、合計五日。振舞われる料理もその日祈願する穀物によって違うらしい。


 となると、食べすぎを気にする女性向けにダイエット食品を売り出せるだろうか。

 手元の紙に「食べ物」の単語が新しく加わる。そのすぐ傍で、ルルが小さくガッツポーズしていた。


 「ありがとうございます。みんなで話し合ってみますね」


 まあ、話し合うまでもなく結果はわかりきっているのだけれど。

 しかしそうと知らないオーウェンは、「いえいえ、お役に立てたんならそれで」と人の好い笑みで会釈する。

 カウンターを後にするその背に「お大事に」と定型の言葉を投げかけて、瑞希は改めて手元のメモを見下ろした。線を伸ばして書き足すのはダイエットと、健康の二つ。


 「どう? 何か思いつきそう?」

 「そんなにすぐには浮かばないわよ。これから、頑張ってみるわ」


 ダイエットは年齢を問わず女性が気にする話題の一つだ。実りの季節だからこそ、上手く売り出せたら掴みは抜群にいいはず。

 美味しく健康になれるならそれが一番だ。


 「どんなものを作ろうかしら」


 呟いた瑞希の声は楽しげに弾んでいた。

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