人の口
本日の主役だから仕方がないと言えばそうなのかもしれないが、料理を選んでいる間にディックはいろいろな人に話しかけられ、そのたびにテーブルから離れることになった。
挨拶に、今後の激励に、と訪れる人々は枚挙に遑がなく、せっかく料理を手にしてもなかなか口にする隙はなさそうだ。
気の利いた人であれば話しながらでも飲食を促してくれるのだが、酒の入った人は自分が話すことに夢中になっているのでそうはいかない。
そういう時にはカイルとライラがディックの許まで駆け寄り、子供という立場と小柄な体躯を活用して会話を中断させるので、なんとか食べそびれずにいられている、というのが現状だった。
「人気者も苦労するわねぇ」
「立食パーティーならこんなものだろう」
苦笑を滲ませ同情的な瑞希に対し、アーサーの評価はずいぶんと素っ気ない。割り切っているともとれるが、もう少し優しさを見せたっていいだろうに。
瑞希が嘆息する合間にも、アーサーは顔色一つ変えずにカナッペに噛り付いていた。どうやら彼はチーズにナッツの蜂蜜漬けを載せたものが特に気に入ったらしい。二つ、三つ、と次々手を伸ばす姿になんだか毒気を抜かれてしまった。
そんなにおいしいのかと気にもなって、瑞希も一つとってみる。それは見た目ほど甘くなく、チーズの塩気と蜂蜜の甘みが絶妙なバランスで共存していた。ナッツの歯ごたえもあって、食べていて楽しい。
「これなら家でも作れるわね。子供たちのおやつにもいいかも」
ナッツも歯ごたえがあって食べていて楽しいけれど、クリームチーズにフルーツのジャムを載せたらよりおやつらしくなるだろうか。
呟いてみると、アーサーが子供のように目を輝かせて見ていた。食べたいらしい。
「やっぱり、アーサーって結構わかりやすいわね」
「? なんだ、いきなり」
脈絡のない言葉に首を傾げる彼に何でもないと適当に流して、ディックの方へとまた目を戻した。
あちらではまた長話が始まっていたらしく、双子にせがまれたディックが話し相手に断りを入れてテーブルの料理を取り分けてやっている。それからお礼とばかりに口に料理を突っ込まれるまでが今日のお決まりのパターンだ。
今回もその例にもれず、美味しいねと笑い合う三人に、ディックと話していた相手はすごすごと苦笑を浮かべて去っていった。
腹がある程度落ち着いてからは、瑞希も他の参加客たちとの談笑に乗り出した。
挨拶から始めたそれは初めこそ二、三人程度の小さな輪だったのだが、一人、また一人と加わって少し大きな輪になった。話している相手は《フェアリー・ファーマシー》の客だったり薬売りだったりと様々なのだが、近くに暮らしているからか話題には事欠かなかった。
アーサーとは別行動だったのだが、彼は彼で自治会員の人と何やら話し込んでいるらしかった。なかなか表情の動かないアーサーに威圧されているように感じているのか、談笑しているようには見えない。相手の表情が強張っていることもあって、いっそ密談していると言われた方がしっくりきた。
そう思ったのは瑞希だけではないらしい。二人の様子に気づいた者から目を止めて、珍しいと小さく零した。
「珍しいって、何がですか?」
「あれ、ミズキさん知らないですか? アーサーさんと話してるの、自治会長ですよ」
自治会長。瑞希は改めてその人物を見てみた。ロバートやダートンよりやや年嵩に見受けられる中肉中背のその人は、いかにも真面目そうな容貌をしている。今は緊張の色が強いが、懐が深そうだなと何の根拠もなく思わされた。
その第一印象は間違っていないらしく、良い人だよ、と彼の部下にあたる自治会役員が自慢げに教えてくれた。
「でも、なんかいつもと違うんですよね……もともと偉ぶる人ではないですけど、あそこまで人に気を遣いまくる人でもないんですよ」
「あら……あ、でも、もしかしたら知り合いなのかも。アーサー、ああ見えて顔が広いみたいなんですよ」
もうずいぶんと前になるが、瑞希がこの国の住民となる手続きをした時もアーサーの伝手で融通をきかせてもらった。それに領主であるダグラス老とも旧知の仲だったのだから、この街の自治会長と顔見知りだと言われても不思議ではない。
後半は伏せて補足すると、周囲は頻りに関心と驚きの声を上げた。
「なぁんだ、そうだったんですね。てっきり弱みでも握られてるのかと」
「おいおい、それは二人に失礼だろう」
そうだそうだと野次を飛ばしながらも、彼らが面白がっていることは一目瞭然だった。なにせ、何の根拠も手掛かりも無しに王の耳なんじゃないか、などと想像力たくましいことを言い出すのだ。実のところを知らない瑞希でもそれはないだろうと言いつつ笑ってしまった。
そうして賑々しく大きな笑い声を響かせていると、不思議そうに首を傾げているアーサーと目が合った。大事ないかと気遣う視線に楽しんでいるだけだと笑顔を向けると、安心したように和らいだ彼の目が外される。
心配性なことだと思いながら瑞希が周囲の話に意識を戻すと、長く気を逸らしていたわけでもないのに話題はもう別のことに変わっていた。次から次へと、よく話題が尽きないものだと他人事のように感心していると、今度は料理のテーブルの方からわっと歓声が聞こえた。
「あ、デザートが来たわよ!」
「えっ!」
弾かれるようにテーブルの上を見れば、確かに色とりどりのデザートが、可愛らしい一口サイズで並べられていた。まるで宝石のようにつやつやと輝くフルーツのタルトや、雪のように白い粉砂糖がたっぷりかかったシュークリーム。今が旬のフルーツがたっぷりと巻き込まれたロールケーキは、スポンジが破れることなく綺麗に巻かれている。
瑞希も簡単な菓子は作れるが、さすが本職、足元にも及ばない。
よくぞここまでと拍手したくなる見た目から美しいスイーツの数々に心は惹かれて已まず、話などしている場合ではないと、みんなでいそいそとテーブルに向かった。




