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更け行く夏の夜

 昼食は、カイルとライラも慣れているマリッサの店で世話になった。

 店内はもともと炭酸ジュースを楽しむ人々で大半の席が埋まっていたのだが、瑞希たちでちょうど満員になったらしい。加えて一気に軽食の注文が入ったことで、てんやわんやの忙しさに従業員は息つく間もなく動き回っていた。

 そんな中で、瑞希たちのテーブルもまた負けず劣らず賑やかだった。

 カイルが食べ物よりも先に炭酸ジュースに悩む姿にまず一笑したのだが、食べ物が先だと促すと、ならばと悪知恵を働かせてデザートのラインナップに目を釘付けにしていたのだ。しかも、カイルだけでなくルルとライラまで。

 ご飯はいらないから甘いものが欲しい、と強情を張る三人に、デザートはご飯の後だと口を酸っぱくしてようやく、食事らしい食事を注文することができたのだ。

 子供らしい一面ではあるが、とアーサーと瑞希は笑いが止まらなかった。


 そうして広場に戻り、アーサーは会場設営へ。瑞希たちも横断幕作りに戻り、作業は橙と藍の混ざる頃まで続けられた。

 《フェアリー・ファーマシー》での仕事とは違う疲労感に体が重だるいけれど、気分が良いことは互いの顔を見ればわかる。

 祝ってもらった時も気分が高揚したけれど、自分も尽力して誰かを祝う今の方が性に合っているような気さえしていた。


 祝宴は明日の午後から始まる。その頃にはディックの許に勧誘の手紙が届き始めるだろうというのがアーサーの予想だ。


 「ディックにはどんな所からお話が来るのかしら?」

 「さぁな。だが、受けるとしたら国軍か、ダグラス老の所だろう」


 国軍仕官は上位に入ることが条件。三位のディックには願い出る権利がある。

 あるいは、山ほど来るだろう領主や他の貴族たちからの勧誘を受けて私兵となるか。

 どちらにしろ、武人としての生き方を十二分に望める手札が揃うらしい。


 ディックは、仕官したいと言っていた。なら、掴んだ権利をみすみす放棄することはないだろう。


 「国軍って、どういう所なの?」

 「一概には言えないな。警備や警護はもちろんだが、諜報活動を専任する部署もある」


 警備なら国境か王城、警護なら要人につくため、国外へ出ることもあり得る。諜報活動は言わずもがな。

 駐屯軍として現地の治安維持に務めることもあるが、いずれにしてもディックが街を出て行く可能性が高いということに変わりはない。


 「寂しくなるわね」


 呟いた声は、二人きりのリビングでは思いの外よく響いた。

 気落ちして膝を見つめる瑞希に、アーサーは何ということはないように言う。


 「別に、今生の別れというわけではない。また会う機会ある」

 「それは、そうだけど…………でも、やっぱり寂しいじゃない」


 瑞希とディックの付き合いは決して短いものではない。露店商を始めたばかりの頃から贔屓にしてくれて、双子の良い兄貴分となってくれて、一緒に働きもした。

 そうして時間を共有していくうちに、瑞希自身もいつしか彼を弟のように思うようになっていた。入れ込んだ、といっては語弊があるが、掛け替えのない存在の一人になっていたのだ。


 だからこそ寂しく思うのだと言う瑞希に、アーサーはだからこそ寂しがることはないと返した。


 「会えないだけで切れる縁でもないだろう」


 当然のように言い切られて、瑞希は目を丸くした。

 あっさりとした飾り気のない言葉は、不思議とすんなり腑に落ちる。

 ぽかんと薄く口を開けた瑞希に、アーサーがくつりと喉奥を鳴らした。


 「あいつのことだ、何かにつけて便りを寄越すだろうな」


 そして、それに子供たちが嬉々として返事を送るのだろう。

 軍人となってもまとまった休みが取れないわけでもなし、帰郷の折には突撃してくるに違いない。


 まるで見てきたようなアーサーの言は否定のしようがないほど信憑性があった。


 それでもまだ寂しく感じられるのか? 問いかける黒い双眸に、瑞希は微笑を浮かべた。

 すっきりした笑みを象る唇に、アーサーの顔が満足そうに和らぐ。


 二人で明日に想いを馳せながら、夜は静かに更けていった。

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