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広場

 男性たちは宴会場となる広場での設営や飾り付けを担当してくれている。瑞希たちが着いた時には彼らはまだ作業中だった。

 道には机や椅子を持った人が行き来しており、あるいは梯子を登って縄を張り、横断幕を掲げる用意をしている者もいる。

 祝宴というよりは祭りの準備をしているかのような活気が満ちていた。


 この中にアーサーがいるはずなのだが、いったいどこだろう。


 視線を動かしていると、目的の姿は意外とすぐに見つかった。

 どうやらアーサーは設営担当らしい。積み上げられた机や椅子の側で、数人の男性たちと紙を覗き込みながら何やら話し合っていた。

 まだ待っていた方が良さそうだ、と瑞希が足を止めかける横を、ライラとカイルが勢いよく駆け抜ける。


 「パパーっ!」

 「父さーん!」


 アーサーは二つの小さな影に気がつくと周囲に一言詫びを入れて話を一時中断し、飛びついてきた双子をいとも容易く抱きとめた。よろめきもしない彼に、カイルとライラがきゃらきゃらと屈託のない顔で笑う。それを容認した黒い目が、何かを探すようにあたりを見回した。

 瑞希が軽く手を振って存在を主張すると、アーサーの目が微笑むように一瞬細められる。


 今日は珍しいこと続きだ。歩み寄りながら瑞希は思った。


 ちらりと目を向けた先のアーサーは、一番上まで留められているボタンを二つも外して首元を寛げている。彼の腕を覆っているはずの袖も肘まで捲り上げられていた。

 猛暑の中でもなかなか着崩さなかった彼のいつにない装いを新鮮に思いながらも、見慣れないからか瑞希は目の遣り場に困ってしまう。


 「珍しいわね」


 思わず呟くと、アーサーは二、三度瞬きして、すぐに合点がいったように苦笑いを零した。

 さすがに暑い、と言ううんざりしたような声に、苦笑を返しながら取り出したハンカチを彼のこめかみに押し当てる。

 汚れるからと身を引きそうになるアーサーに、「動かないで」と瑞希はややきつめの声音で釘を刺した。


 「ルル、少しだけ風を通してくれる?」


 瑞希の願いに、ルルはヒラリと手を振り応える。軽やかに動く小さな手に合わせて、柔らかな風が広場を吹き抜けた。

 足元で僅かに砂埃が舞う。人混みに篭っていた熱気が攫われていく。

 火照った体を風が撫でると、暑さに負けじと厳しかった人々の目が心地よさそうに細められた。


 「ありがとう」


 アーサーからの謝辞を受け取ると、ルルは気にしないでと手を振った。

 珍しく素直な対応に、アーサーが豆鉄砲を食らった鳩のような顔をする。

 何かあったのかと眼差しで問われて、みんなでお裁縫をしたのよ、と瑞希が柔らかな笑いを滲ませて答えた。

 ルルがーーというより、妖精が人間の営みへの関心が強いことはアーサーも知っている。それ以上の説明はいらなかった。


 「もう終わったのか?」

 「ううん、一旦休憩なの。ほら、もうすぐお昼でしょう?」


 言い終わると同時に、正午を告げる鐘の音が高らかに鳴り響く。

 足元では子供たちがしょんぼりと眉を下げて腹に手を当てていた。音は紛れたが、また鳴ったのだろう。


 「まだ終わらなさそう?」

 「ここでまだだと言える猛者がいたら会ってみたいな」


 戯けた様子で肩を竦めてみせるアーサーに、周囲が違いないと失笑した。


 「いいさ、いいさ。正午の鐘も鳴ったしな。オレたちも腹拵えと行こうぜ」

 「だな。嫁さんとちびたちに迎えに来られて、袖になんてできねぇだろ」


 冷やかし半分の言葉にアーサーが器用にも片方だけ眉を上げていたが、反論が浮かばなかったのか口を開くことはなかった。その間に男性たちは早くも話題を昼食に変え、他の者にも声を掛けていく。

 取り残されたアーサーは所在なさげに頰を掻いた。


 「アーサーって、意外と押しに弱いわよね」

 「……身近で押してくる者は父くらいしかいなかったんだ」


 鍛えていないのだから仕方がないとため息混じりに溜息を吐かれるが、それすらも愉快と瑞希がころころ笑う。

 アーサーは居た堪れなさそうに視線を彷徨かせた。わざとらしく咳払いして、逃げるように子供たちに食べたい物を聞く。

 あれこれと上がる希望に耳を傾けながら、五人は広場を後にした。

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