お喋り
「ミズキさんのところは、いつもみんな仲良しよねぇ」
話しかけられて、瑞希は一旦手を止めた。さりげなくルルの持つ針を手で隠しつつ、声のした方に顔を向ける。
少し離れたところでは、おそらく同じくらいだろう年頃の女性たちが、どこか羨むような目で瑞希たちを見ていた。
「喧嘩とか、しないの?」
また別の女性が問う。
あっただろうかと記憶を手繰るけれど、喧嘩らしい喧嘩はしていないと首を横に振った。
「ああ、でも、ちょっと口喧嘩になりかけたことはありますよ。旅行に行った時に、お菓子を買い込み過ぎてしまって」
脳裏に浮かぶのは、グラリオートに日帰り旅行に行った時のこと。正確にはルルとアーサーの遣り取りが喧嘩じみていただけなのだけれど、それは言わなければわからない。
思い出して小さく笑う瑞希に、話を振った女性たちは少し意外そうな、けれど納得したような安堵したような顔で相槌を打った。
「ミズキさんでも、そういうことあるのねぇ」
「でも、気持ちわかるわぁ。お出かけすると、ついついお財布の紐が緩むのよね」
「それそれ。あと、限定とかって言われるともうダメよねぇ」
わかるー、と笑う女性たちに、瑞希もそっと微笑みながら頷きを示す。その内心では、あまり馴染みのない現状にどぎまぎとしていた。
瑞希が地球で生きていた頃、学校に勤めていた頃は、女性だけで集まる機会はあまりなかった。同じ担当教科の教師には当然異性もいたし、赴任した学校の中には、例えば若手教師が集まって飲食したりする学校もあったけれど、男女の別は無かった。
長期休暇に入れば友人と出歩くこともあったけれど、一人二人とカフェに入ったりする程度で、こんな大人数で集まったことはなかったのだ。
彼女たちとはあまり話したことはなかったのだが、相手側は瑞希に興味を持っていてくれたようで、質問の声が多く寄せられる。
慣れない状況に僅かな緊張を覚えながらも、瑞希は愛想よく微笑んで、あれこれと世間話に花を咲かせる女性たちの話に耳を傾けた。
どんな話題にも彼女たちは口ではいろいろ言うけれど、声の調子や表情はいつでも柔らかい。聞いていて共感できる場面も多々あった。
話題は目まぐるしく移り変わるけれど、それさえ楽しく聞こえるから不思議だ。特に家事が話題に上がった時などは、瑞希もより真剣な顔つきになって、手を動かすのを忘れてはルルにペチンと叩かれた。
ちくちくと耳に意識を集中させながら手を動かし、糸が短くなってきたら一度玉留めして、新しい糸を針に通してまた縫い始める。
その合間に子供たちの手元に目を向けると、三人とも取り組んでいるうちに少しずつ上達してきていて、大分整った縫い目が並んでいた。
それに、上手に縫えたね、と褒めながら頭を撫でてやると、笑顔で細まっていた目がさらに細くなる。それがなんとも可愛らしくて、瑞希もほわりと微笑んでいた。
「初めてのことして、疲れたでしょ。少しお外で遊んできたら?」
慣れていても肩が凝る針仕事だ。不慣れな子供たちには況して辛い作業だっただろう。その推測は正しく、お手伝いには強がることの多い双子にしては珍しく素直に頷いて、解放を喜ぶようにその場で大きく背伸びした。
と、その拍子に、きゅるりと可愛らしい音が辺りに響く。
恥ずかしそうに顔を赤くしたのはカイルだった。
「たくさん頑張ったもの、お腹も空いちゃうわよ」
気づけば時間も昼食時に近づいており、瑞希もなんとなく空腹感を覚える。胃の小さい子供たちが腹を鳴らすのも当たり前だった。
「そろそろ主人たちも一息いれる頃だろうし、あたしたちも一旦キリにしようか」
「さんせーい。うちのちびっ子怪獣もお腹減ったって泣き叫んでそう」
そんな軽口にも笑い声が湧いて、空気は自然、一時解散へと流れていた。
「みんなでご飯?」
ライラが尋ねる。そうよ、と頷けば、可愛らしい顔立ちが嬉しそうに綻んだ。
「父さんも?」
「もちろん。なぁに、もしかして仲間外れにしちゃうの?」
わざと茶化して尋ねると、カイルはまさか! と飛び上がって必死に顔を振った。けらけらと、ルルが声を上げて笑う。
「じゃあ、みんなでアーサーを迎えに行こうか」
アーサーは力仕事で体を動かす分、瑞希たちよりも余程腹を空かせているに違いない。
瑞希の号令に子供たちは元気よく拳を突き出して、早く早くと瑞希を引っ張った。
「じゃあ、また後でねー!」
「あ、はい! また後で!」
さっぱりと手を振ってくれた女性に手を振り返して、子供たちに催促されるまま足を促す。
お先に失礼します、と早口言葉のように言い置いて部屋を出た瑞希に、女性たちはひらりと手を振って見送ったのだった。




