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帰宅後のこと

 瑞希たちが住み慣れた街に帰ったのは、一昼夜を跨いだ後だった。行きより僅かに短く済んだ旅程は、積載量の軽さが時間短縮の決め手となったのだろう。

 ディックたちの馬車は昨日の夜半に帰ってきたそうだ。今頃は旅の疲れでぐっすり夢の中だろうと関門の番兵が言っていた。大会後の疲れた体を推して即帰還という強行軍で移動したのだから、それも不思議なことではない。

 そんな彼らを慮って、祝宴は明日盛大に開くのだとマリッサが八重歯まで見せて楽しげに笑っていた。

 今回の祝宴の準備には、瑞希たちも進んで参加を申し出た。料理は飲食店の経営陣が挙って腕を奮うらしい。アーサーは男性陣に混じって力仕事を任され、瑞希や子供たちは横断幕作りに加わることになった。

 カイルとライラに針を持たせたのは今日が初めてなので、瑞希が間に座って手本を見せる。

 それを真似して双子も真剣な顔で挑戦してみるのだけれど、やはりなかなか上手くはいかず、いかにも物慣れない感じの不揃いな縫い目が出来上がった。


 「上手くできないよぅ……」

 「なんで真っ直ぐにならないんだろ?」


 うんうんと頭を悩ませる二人に、初めてにしては上出来だとフォローを入れるけれど、それでも納得はしてくれない。もっと綺麗に、を合言葉にしてまた針を取る姿は微笑ましく、横断幕を囲む周りのご婦人方がにこにこと優しい目で見守っていた。


 「ねえねえミズキ、アタシもこれやってみたい!」


 はいはい! と律儀にも手を挙げてルルが主張する。

 いいよ、と瑞希は微笑んで、縫い掛けだった針を引き抜き手渡した。

 子供たちの手にも小さなそれは、ルルにとってはとても長い。指先から肘のあたりまでありそうなそれを、けれど彼女は器用に操って糸を通した。

 布生地の返しは瑞希が押さえ、ルルが両腕を使って針先を押し込む。

 作業の速度は決して早いとはいえないが、縫い目は多少の歪さはあるが双子よりは均整がとれていた。


 「ルルちゃん、上手! 凄いねぇ」

 「本当だ。流石ルル姉」


 器用だね、と弟妹に尊敬の目を向けられて、えへんと小さな胸が反らされる。薬作りの時とは違って自慢げな態度を取るルルに、変な所で強がるんだから、と思いながら瑞希が頭を撫でた。と、その時、一つの疑問が脳裏に浮かぶ。


 「魔法でやった方がルルには楽なんじゃない?」


 細いとはいえ鉄は鉄、ルルには持つことも重労働ではないのか。そう思っての瑞希の疑問に、ルルも「そうねぇ」と頷いた。

そのすぐ後に、「でも、」と言葉が続けられる。


 「魔法よりも自分で頑張った方が、気持ちが込められる気がするじゃない?」


 ディックにはルルを見ることはできないけれど、ルルにはディックを見ることができる。視線を交えられなくとも、言葉が交わせなくとも、祝いたい気持ちはルルだって同じなのだ。

 だから魔法は使わない、と躊躇わずに言い切るルルは、とても格好良く、眩しかった。


 「私、ルルのそういう優しい所、大好きだわ」

 「へっ? なぁに、突然。アタシはいつだって優しいでしょ!」


 恥ずかしいのか顔を赤くして強がるルルに、そうだねと同意しながらまた頭を撫でる。

 恥じらうようにそっぽを向いた彼女に、カイルとライラからも「可愛いね」と声がかかった。

 トマトのように真っ赤になった顔で、ルルが「もう!」と癇癪を起こしたように叫ぶ。


 「喋ってないで手を動かすの! 明日のパーティーに間に合わなくなったらどうするのよっ!」


 魔法でなんてやってあげないんだからね! と湯気さえ噴き出しそうな具合の彼女に、瑞希と双子は「はぁい」と仲良く声を揃えてまた手を動かしたのだった。

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